4 お茶会の誘い
それからというもの、ジーナはクレリアとも昼食を共にするようになった。クレリアは特殊な力を持ってはいるが、生まれは平民だ。そのため、ジーナも気負うことなく接することができた。
数日が経つ頃には、互いに「ジーナ」「クレリア」と呼び合う関係になっていた。
クレリアも、ジーナの料理を『美味しい!』と褒めちぎってくれた。声は出せないので、『すごい!』『美味しい!』『好き!!』と書かれた紙を何度も掲げてくれる。彼女の好物は、肉の入ったガッツリとした料理らしく、ジーナは気合を入れていつも肉を焼いた。
昼休みの時間を、ジーナはますます楽しみにするようになった。
「クレリア」
食堂を後にして、外廊下を歩く。その途中でクレリアの姿を見つけ、ジーナは声をかける。
クレリアは小走りでやって来る。そして、『お腹、空いてます!!』と書かれた文字を勢いよく掲げた。
一番にその言葉を見せられたことで、「よっぽどお腹が空いているのね……!」と思って、ジーナは小さく笑う。
「今日も焼いて来たよ。――お肉」
と、両手でバスケットを掲げる。すると、クレリアはパッと目を輝かせて、ぴょんぴょんとその場で跳ねた。
2人は並んで歩いて、いつもの庭園に向かう。
突然、誰かが立ちはだかった。
「……少し、いいかしら?」
ジーナは息を呑む。その隣でクレリアが険しい表情をした。
相手が、カーラ・シモーネとその取り巻きだったからだ。
カーラは扇で口元を隠して、ふふ、と笑う。
「まあ、そんなに警戒なさらないで。先日のことでしたら、お詫びします。私たちも悪いことをしてしまったわ。……って、ね?」
カーラが周りに目配せをする。と、他の令嬢たちも殊勝に頷いた。
ジーナもクレリアも警戒を解かずに、相手の出方を待つ。カーラの声には明らかな愉悦の感情が含まれていた。
「お詫びのしるしに、ぜひ、あなた方をお茶会に招待したいの」
ジーナは静かに相手の顔を見つめる。
そして、その意図を察した。そういうことね、と納得して、気が重くなる。こちらが拒否することは許されない。相手は貴族であり、ジーナたちは平民だ。それも、カーラはただ茶会に誘ってきているだけなのだ。
ジーナは内心で息を吐いて、覚悟を決める。
「お誘いいただきありがとうございます。シモーネ様。ぜひご参加させていただきたく存じます」
恭しく言って、カーテシーをした。
その動作にカーラたちは、ぴくりと眉を動かした。ジーナの礼が平民とは思えないほど流麗で、様になっていたからだろう。
カーラは忌々しそうに歪めた口元を、さっと扇で隠す。とりつくろうような口調で告げた。
「……そう。では、明日の午後1時。中庭でお待ちしておりますわ」
カーラはそう言い残して、去っていった。
つんつん、と肩をつつかれる。そちらを向くと、クレリアが蒼白になっていた。文字を書く余裕もないほど慌てているらしく、手を振って、何かを訴えている。
ジーナはその手を、ぎゅっと握りしめた。落ち着いた声で告げる。
「大丈夫。中庭なら人目があるから、あの人たちもひどいことはできない。……もっとも、彼女たちの目的は別のところにあるみたいだけど」
クレリアは目をぱちぱちと瞬かせる。そして、首を傾げた。
「明日は、堂々としていましょう」
ジーナの落ち着いた態度で、クレリアも冷静になれたようだ。ジーナの手を握り返して、強気な面持ちで頷くのだった。
寮室に帰ると、ジーナはベッドに腰かけた。
ふう、と息を吐く。明日のことを考えると、気が重かった。
「……ベルヴァ」
呼びかけると、ベルヴァは顔を上げる。ぴょんとベッドに飛び乗って、ジーナの隣におすわりした。
「明日は仕事が休みだけど……午後から出かけてくるね。お茶会に誘われたの」
くーん? と、ベルヴァが首を傾げる。その無垢な瞳に安心して、ジーナは小さく笑った。
「お茶会に相応しい服も、お化粧品も、アクセサリーも……今は何にもない。私のお給料じゃ、そこまでそろえられないから……」
ベルヴァの背中をそっと撫でる。子犬のふわふわ毛から、ベルヴァの毛は少し固く変化していた。でも、毛並みはつやつやで、触っていると気持ちがいい。
「明日はきっと、彼女たちに馬鹿にされるでしょうね。……でも、我慢すればいいだけ」
ジーナは自分に言い聞かせる。覚悟を決めて、目をつぶった。
――その時だった。
『――あの王子に用意させればいいんじゃねえの?』
「そんなわけには……って、え?」
答えてから……ジーナはハッとした。
目を開けて、室内を見渡す。
(今の……誰?)
確かに声が聞こえた気がしたけど。
気のせいかな、とジーナは思った。
隣を見る。ベルヴァが、くあ……と、呑気な様子であくびをしていた。
+
室内は暗闇に満ちていた。明かりが落ちた寮室では、少女がベッドで寝息を立てている。その脇で、黒犬は腹を伏せて、目をつぶっていた。
――おもむろに。
闇の中、黒い毛並みが動く。ベルヴァはしっぽをゆるく振って、目を開けた。
ベッド上へと視線を向ける。彼女が熟睡していることを確認。やれやれ、とベルヴァは首を振る。
「ったく……人に頼るのが下手な女だな」
かったるそうに体を持ち上げて、ベルヴァは歩き出す。
「仕方ねえか。力が戻るまで、ここでの暮らしを邪魔されたくねえし……」
器用に前足で、窓を開ける。そして、ベルヴァは闇の中に身を投げ出すのだった。
+
次の日の朝。
シストは自室で目を丸くしてた。ドアの下に1枚の紙が差しこまれていたのだ。その紙には次のように書かれていた。
『ジーナぴんち。しきゅー、茶会のドレス。あと何かいろいろ。手はいしろ』
署名はない。
いったい誰がこんなものを? と、シストは首を傾げる。
その文章を何度も読み返してから――
「というか、ものすごく汚い字だな……!!」
シストは思わず呟いた。
+
その日は週に一度の休日だった。ジーナはいつもより遅い時間に起きて、朝食をとっていた。
ドアをノックする音が響く。ジーナは目を丸くした。この部屋に誰かが訪ねてくるのは初めてのことだった。
ジーナは怪訝に思いながら扉を開く。その人物に、更に驚愕した。
「シスト様……?」
シストはいつもの仏頂面で、口を開く。
「今日、茶会に参加するのか?」
「え……?」
「なぜ、お前が貴族の社交の場に呼び出されたのか……。まあ、いい」
と、素っ気ない声で続ける。
「必要な物は、後でここに届く」
ジーナは固まっていた。なぜ茶会に参加することを彼が知っているのか。そして、自分のためにどうしてそこまでしてくれるのか……。わからずに、口をきゅっと引き結ぶ。
+
(ふふ……いったいどんなみすぼらしい格好で来るのかしら♪ あの雑用人ったら)
カーラはにやにや笑いを抑えることができなかった。この後のことを考えるだけでむずむずと口元が緩んで、その度に扇子で覆い隠す。
ジーナのことは調べ上げている。食堂の雑用人だった。平民で、身寄りがないらしい。見るからに貧乏くさそうな女だし、化粧っ気もない。
茶会に相応しいドレスなんて1着も持っていないだろう。
その一方で、カーラたちは完璧に着飾っている。午前の時間をめいいっぱい使って、風呂に入り、化粧をして、髪をセットしてきたのだ。
他の令嬢は、カーラの髪飾りに注目していた。
「カーラさん、その髪飾りって今話題の……」
「まあ、フェミュールの新作じゃありませんこと!?」
「うふふふ、大したことありませんわよ」
カーラは優越感に浸りきって、笑いが止まらない。フェミュールはフェリンガ王国でも今一番注目されている高級ブランドだ。もっとも安い物でも、庶民が半年は暮らせるほどの値が張る。
……髪飾りはそのブランドの中でも価格が安い部類に入る。本当はカーラも、他のアクセサリーが欲しかったのだが。
どれだけねだっても、父が許可してくれたのはこの髪飾りだけだった。とは言っても、ジーナのような貧乏人には手の出ない代物に間違いはない。
(あの女が必死に働いたところで……この髪飾り1つ、買うことはできないのね)
ジーナは平民だから、こういったお茶会とは縁がなかったはずだ。マナーだって散々なものだろう。そこでカーラが伯爵令嬢として完璧な所作を見せつけてやれば……あの女の面目は丸つぶれである。
カーラは口元を扇で隠して、ほくそ笑む。
――早く来なさい。ジーナ。そして、私との差を知って、打ちひしがれるといいわ。
その時だった。
「お待たせいたしました。シモーネ様。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
凛とした声が響く。
カーラはにやにやと笑いながらそちらを向いて――
「…………は?」
――その直後。
思い切り、顔をしかめるのだった。
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