3 頬張り聖女


 遠慮する少女の腕を引いて、ジーナは昼食の場所に向かう。途中、筆談で話して、彼女の名前がクレリアということを知った。


(この子が……話に聞いていた聖女だったのね)


 と、ジーナはそこで気付いた。学校の噂話で耳にしたことがある。珍しい歌詠魔法の使い手。彼女の歌は傷を癒す力があるという。そして、その力のせいで声質が変わってしまったということも。

 彼女はその声で話すのが恥ずかしいらしく、先ほどから一言も喋らない。


 というわけで、昼食の場にクレリアを連れてきたのはいいものの。

 いつも当たり前のようにその場所を利用していたが、王族専用の休憩スペースだ。シストの許可をとらなくては、と、少し離れたところで彼を待っていた。


 シストは雰囲気は怖いが、根は優しいところがある。だから、快く許可してくれるものと思っていたが……。

 ジーナのお願いに、シストは戸惑ったように固まっている。


「……シスト様?」


 その顔を覗きこむと、シストはハッとして、


「あ……ああ。構わない」


 と、頷いてくれるのだった。

 すると、ジーナの背中でクレリアが驚いたように息を呑む。つんつん、とつつかれて、ジーナは振り返った。

 クレリアは表情が豊かな方らしい。顔全体で「驚愕!」を表現しながら、


『殿下とご一緒するんですか!?』


 と、文字を掲げていた。

 クレリアは「そんな恐れ多いことはできない」とばかりに及び腰だが、


「さっさと座れ。俺も腹が減っている」


 シストがぶっきらぼうに告げたことで、拒否もできなくなって、ぎこちない動作で腰かけるのだった。

 その様子を見て、ジーナはわずかに頬を緩める。

 一見、シストの態度は冷たくも見えるが、クレリアのためにそう言ったことがわかったからだった。


 ジーナはバスケットから次々と料理をとり出して、テーブルに並べた。


 グバーナ、肉の串焼き、アーティチョークとポテトのオムレツ、生ハムサラダ、リコッタのタルト――。大量の料理が机いっぱいに並べられる。

 すると、シストは不愛想な表情を途端に緩めて、


「すごいな。どれも美味そうだ」

「シスト様が勝ったお祝いをしたくて……作りすぎてしまいました」

「……俺のため、か?」


 と、目を逸らして、わずかに赤くなっている。

 クレリアは椅子に座った体勢で、固まっていた。しかし、その視線は料理に釘付けになっている。


「クレリアさんも、どうぞ。お口に合えばいいけれど……」


 クレリアはハッとして、先ほど手帳に書いた文字を掲げる。


『ありがとうございます』


 それだけじゃ伝わらないと思ったのか、大きく頭を下げた。

 クレリアがまず手を伸ばしたのは――牛肉の串焼きだった。ジーナは目を丸くして、その様子を観察してしまう。

 肉を串にさして、ローリエとオリーブオイルで香りづけをした料理だ。噛めば、口の中に肉汁がじゅわっと広がる。

 クレリアのような華奢で儚い少女が、それに一番に手を伸ばすのは、何だか意外である。


 それも、食べ方がそこそこ豪快だった。串を両手に持って、肉を頬張り、もっきゅもっきゅと小動物のように頬を膨らませている。シストも手を止めて、クレリアの食べっぷりに唖然としている。

 2人の視線に気付いて、クレリアが肉から口を離す。『何ですか!?』という顔をしていた。


「いや……意外と豪快だな」


 シストの言葉に、クレリアはショックを受けた顔をする。

 ジーナは少し笑ってしまった。


「ふふ……もっと食べてくださいね」


 シストはオムレツに手を伸ばす。ジーナの今日の自信作だ。通常のオムレツとは異なり、中央に具材を乗せ、それを巻くように卵液を流しこんだ。ドーナツ型に膨らんだ卵は、ぷっくり、ふるふると、見た目からも美味しそうな食感が伝わってくる。

 具材はアーティチョークとポテトを使っている。

 オムレツを口に含んで、シストはパッと目を輝かせた。


「美味い。いつも美味いが、今日のは最高に美味いな」

「シスト様の好きなタルトもあります。おとりしましょうか?」

「ああ、頼む」


 肉に夢中になっていたクレリアが、そこでハッとした顔をする。手帳をとり出して、何かを書きこんだ。


『もしかして、私はお邪魔だったのでは……?』


 その文字に、2人は首を傾げる。

 クレリアは手帳を自分の方に向け、更に文字を書き足す。


『おふたりは、恋人同士……?』


「なっっ……!!?」


 シストはぎょっとして、赤くなっている。

 一方、きょとんとするジーナ。それからあっさりと「いいえ」と答えた。『え!?』という顔でシストがこちらを見ていたことに気付かず、淡々と説明する。


「私の身分では、シスト様と釣り合いません。だから、そういうことはありえません」


 ジーナは本心から言っていた。今のジーナは平民だ。だから、シストとの仲を勘違いされたら、彼の品位を落とすことになる。それだけは避けなければならなかった。

 クレリアは焦った様子で、紙に字を書く。


『そうだったのですか。かんちがい、すみません。ところでジーナさま』


「……はい?」


 クレリアはせっせと字を書き足すと、それを、どんと掲げた。

 そこに威勢よく書かれていた文字は――


『お肉、美味しいです!!』


 先ほどよりも文字が弾んでいることがわかる。紙からはみ出さんばかりの大きな主張だった。

 ジーナは目を丸くしてから――肩を震わせて、吹き出した。


「ふ……ふふ。たくさん食べて。それと、私のことはジーナって呼んでくれる?」


 クレリアは目を輝かせる。そして、初めて笑顔を見せてくれるのだった。



 和やかに笑顔を交わす、2人の少女。

 その一方で――第二王子が愕然としていたことには、誰も気付かなかった。


(……ありえない……? ありえない…………??)


 シストはジーナの先ほどの言葉を、何度も反芻していた。



 +


 カーラ・シモーネは唖然としていた。

 目線の先には信じられない光景が広がっている。


 第二王子シスト・フェリンガが、誰かと一緒に歩いている。片方はさっき昼休みに会った雑用人の女。そして、もう1人は聖女クレリア。


「今日の昼食も美味かった。ありがとう」

「シスト様がたくさん食べてくださるので、作り甲斐があります」


 聞こえてきた会話に、カーラは目を剥いた。

 まさか、シストはあの女たちと昼食を共にしていたのか。


 ――私からの誘いは、断ったくせに!


 つい先日まで、カーラはシストのことを気にもとめてなかった。いくら王族でも、王位継承権がないに等しいからだ。王宮でも冷遇されているようだし、媚びを売る利点がない。

 だが、彼がフィンセントに決闘で勝ってから、考えを改めていた。

 よく見れば、見た目もシストの方が好みだった。フィンセントはよく言えば優男、悪く言えばなよなよとして見える。それも時折、自分に酔ったような面があるのがイマイチだ。

 一方で、シストは毅然とした立ち姿が男らしい。少し近寄りがたい雰囲気だが、動作に荒々しさはなく、所々に高貴な生まれであることを漂わせている。


 ――というか、私、こっちの方が男としては好みだわ。


 カーラは気付いた。それ以降、シストに全力ですり寄ってみたのだが、結果は惨敗。シストの態度が冷たすぎて、取り付く島もない。

 それなのに、


(何なの、あの女……)


 カーラは据わった目付きで、彼女を見やる。格好もみすぼらしいし、顔立ちだってパッとしない。序列をつけるまでもない。カーラの基準からすれば、論外の女だった。

 そんな自分よりも数段劣っている女が――

 第二王子と仲良くしているなんて、許せない。


 カーラは制服の裾を、きつく握りしめていた。

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