11 あの小僧、何者だ!?
試合場は、学校の校庭に併設されている。魔法の訓練で生徒同士が戦う時に使用されるものだ。
早朝にも関わらず、多くの生徒がそこに押し寄せていた。
王子同士の決闘――それは学校中の噂となっていた。
シストは試合場の階段に足を乗せる。不安で見守るジーナに、小さく告げた。
「お前のために勝つ」
「え……?」
本人も言ってからハッとなっている。言い訳のように続けた。
「あ、いや、だから今のは……つまり、フィンセントの鼻をあかしてやるということだ。お前も、あいつに料理を踏みつけられそうになって、腹が立っているだろ! その心を晴らしてやると言っている。つまり、お前のためではない!!」
それはつまり、『ジーナのため』と言ってないだろうか。
(……言い訳になってないような……?)
シストは顔を背けると、残りの階段を一息で越えた。
試合場では、すでにフィンセントが待ち構えていた。
「よく逃げなかった、と称えてやらなければならないだろう」
と、高慢に言い放つ。
「……それとも、互いの実力差を測れないほどの痴れ者が、私の弟であることを嘆くべきなのか」
「決闘を俺に申しこんできたのは、あんただろ。あんたも、その実力差ってやつを測れていなかったってことか?」
シストの反撃に、フィンセントは苛立った様子で眉をひくつかせる。
「ああ……お前に王家の血が半分でも流れているのかと思うと、虫唾が走る……! 英雄王『スフィーダ』の火の守護さえ受け継いでいないお前が」
うるさい、とばかりに目を細めるシスト。制服の上着を脱ぎ捨て、フィンセントと対峙した。
「うだうだ言ってないで始めるぞ。あんたが勝ったら、何を要求する?」
「この学校では決闘のルールについて厳格に定められている。勝者が敗者に要求できる事柄についてもだ。本来なら不敬罪も適応して、退学処分にでもしてやりたいところだが。――先日、デムーロ教授がデフダ遺跡への同行者を募っていた。私が勝ったら、お前はそれに志願しろ」
そして、シストを憐れむように冷笑する。
「初級魔法すらまともに扱えないお前には少々、過酷かもしれないが……」
「それなら、俺の要求も同じだ。俺が勝ったら、あんたがそれについていけ。……しばらくあんたの顔を見ないで済むなんて、最高だな」
フィンセントは目を見張る。
そして、顔を真っ赤に染めて、激昂した。
「まさか本気でこの私に勝てるつもりでいるのか……!? 落ちこぼれのお前が、この私に……!」
一方、シストは冷めた様子でフィンセントを見ている。
審判を務める教師が、声を上げた。
「これより、両者による魔法決闘を始めます」
2人の王子は、互いに闘志をこめた視線を交え合う。
緊張が伝わって、観客たちも口をつぐんだ。静寂が辺りを包みこむ。
次の瞬間、フィンセントは魔法の詠唱を始める。
(……シスト様……)
試合場を見上げながら、ジーナは不安に手を握りしめた。
+
フィンセントが選択したのは、『紅蓮:業火』。
魔法には4つの属性が存在する――火、水、風、土。その中でも火属性は、もっとも攻撃に特化した魔法だった。
火属性の最上級魔法が容赦なく炸裂。
試合場は火の海に呑まれる。
(いきなり、ぶっ放してくるかよ!!)
シストは目を見開く。
あんなものが直撃したら、普通に死ぬ。フィンセントは今回の件をよほど腹に据えかねているようだ。
シストは咄嗟に床に風を打ちこんだ。上空に跳び上がり、床を滑って着地を決める。直撃は免れたのに、熱風を吸いこんだだけで肺が痛くなる。それほどの熱気だった。
フィンセントは間髪入れずに、2発目を撃ちこんでくる。それこそがフィンセントの強みである、『規格外の魔力量』だった。これが普通の魔道士なら、一発目でへばっているところだ。
(くそ……初級魔法だけじゃ……!)
この大技の連続に対抗できない。シストの狙いは始めから1つだった。自分はフィンセントのような上級魔法をまだ使うことができない。
だから、勝機があるとすれば、
(……あいつの懐に入れば)
近距離から魔法を当てる。それしか勝ち目はない。
シストはまだその可能性を捨てていなかった。不屈の意志を宿した視線が――フィンセントの姿を射抜く。
+
盛り上がる試合場。固唾を呑む観客。
それより遥かに高みの――校舎、屋上にて。
突然、1匹の犬が現れた。空間転移魔法だ。次の瞬間、その犬の周りを光が囲む。その光が大きく変化し、中から1人の男が現れた。
黒髪に荒々しい赤眼の青年だ。彼はひょいとしゃがみこむと、試合場を覗きこむ。
(おー、やってるやってる。まさかこんなおもしろいもんを見れるとはな。あの娘に引っ付いてきて大正解♪)
と、野性的な笑みを口元ににじませた。
彼はにやにやと試合を観戦していたが、不意に目をつぶる。魔力を解き放ち、魔法を行使した。
上級魔法『魔力測定』。
彼の視界は失われる。暗闇の中で――無数の赤いものがうごめいた。多くは試合場の周囲に集まっている。
魔力の流れを測定する魔法だ。魔力が多い者ほど、濃い色で、大きく描写される。
赤いモヤが2つ。試合場で激しく動き回っていた。
片方はフィンセント。周囲の人間よりも、濃い赤色で映し出されている。
(ま、そこそこってとこか。……けど、あの王子様、100年に一度の大天才とかって言われてなかったか?)
男――ベルヴァは、ふ、と馬鹿にしたように笑う。
フィンセントの魔力は一般的な魔道士の平均よりは多いが……特筆すべきものはない。それにすさまじい勢いで魔力が減っていっている。
あんな風に上級魔法を考えなしに放ったら、即座に魔力切れを起こすだろう。
(あの王子様
ベルヴァは集中して、試合場の魔力の流れを探る。
そして――驚愕した。
(なっ……)
シストの中を渦巻く魔力は、一見すれば小さい。平均よりも低い値だ。だが、よく見れば、それは――
(何だ、あの小僧……何者だ!!?)
ベルヴァも見たことがないほど、特異なものだった。
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