9 すべては悪魔のせいなのです…(何言ってんだ)


「ジーナの料理には、不思議な力があるのかもしれない」


 その言葉にジーナは目を丸くしていた。


「俺の魔力が上がっていること、聖女の声が治ったことも。そして、さっきの魔物はジーナの菓子を食べて、強くなった」

「実は、それだけじゃないですよ。俺にも影響が出ています」


 と、ヴィートが真面目な顔で続ける。


「俺の女好きも治ったんです」

『治った!!?』


 思わぬ言葉に、3人は驚愕した。

 意味がわからない。

 治るものなの、それ……と、ジーナは唖然とする。同様のことをシストも思ったらしく、呆れ返った顔をしている。


「それは趣向じゃないのか……」

「ちがうんですって! 俺の右手。見てください」


 と、ヴィートは手袋を外す。その下から覗いた肌に、3人は愕然とした。ヴィートの右腕には黒い鎖のような紋様が刻みこまれていたのだ。


「呪われているって言ったじゃないですか! あれ、嘘だけど本当なんですよ。この右手が勝手に、俺の意志とは関係なく動いて」

「……それで?」

「女性に触りに行こうとするのです」


 前半は深刻に聞いていたのに、後半の内容が下らなすぎて、3人はしらけた顔をする。


「それ、呪いのせいにしているんですか……」

「最低だな……」

「うーわー……ランディ様。軽蔑です」

「いや、だから、これは本当で……!」


 と、ヴィートが話を続けようした、その直後のことだった。

 突然、彼の右手から光が放たれた。それは一箇所に収束して、何かの形を作り出す。彼の掌にちょこんと乗った。

 猫のぬいぐるみだ。黒や紫を基調に、つぎはぎだらけの布で作られている。目は取れかけのボタンで、怪しく赤く光る。顔は大きく、手足はやたらと短い。

 そんな生き物が呑気に、「ふわーあ……」と、短い手を伸ばして、欠伸をしていた。


「なっ……」


 と、一同は目を見張る。ヴィート本人も驚愕した様子である。

 猫のぬいぐるみは掌の上で立ち上がる。そして、尊大な様子で腕を組もうとした……が、腕が短すぎて組めなかったので、両手を合わせるような姿勢をとった。


「ふむ……お主の魔力が上がったおかげか。ようやく我を具現化できるようになったようだな」

『喋ったー!?』


 動揺する4人。その中にはヴィートも含まれている。どうやら彼にとってもこれは異常事態であるらしい。

 驚くジーナたちに構わず、ぬいぐるみは尊大な物言いで話を続ける。


「我は悪魔族が1人――リズ・ワルド・フォン・クルーデルである」

「悪魔族って……」

「三大魔族の1つに数えられている種族だ」

「わけあって、今はこの小僧の右手に封印されている」


 ジーナたちは目を見開いて、ヴィートを見る。すると、ヴィートは慌てて声を上げた。


「だから、言ったじゃないですか! 本当のことだって!」


 リズが彼の手の中から飛び出した。ジーナは咄嗟に両手を器の形にして、ぬいぐるみを受け止める。

 間近でその姿をじっくりと観察した。可愛い、というより不気味なデザインだ。でも、よくよく見ていれば、やっぱり可愛くも見えてくる。

 ジーナが観察している間、リズもこちらの顔を観察していたらしい。


「ところで……ふむ。この娘がそうなのか。…………似ているな」

「え……?」


 リズが短い手を伸ばしてくる。ジーナの頬にぺたりと触れた。次に、むに、とつままれた。


 ぴと、ぺた。むに。

 ぺた、ぺた……。

 ぺった、ぺった……。


「何をしている!」

「痛い痛い、頭つかむでない」


 シストに頭をわしづかみにされて、リズはじたばたと暴れている。


「だから、言ったじゃないですか! そいつがいつも俺の右手を勝手に動かして、女性に触ろうとするんです。俺だって不本意だったのです」


 ヴィートの弁解を、他の者たちは胡乱げな様子で聞いている。

 ジーナはリズと目線を合わせて、尋ねてみた。


「リズさんはどうして、女の人を触るんですか……?」

「うむ。よくぞ聞いてくれた。それはだな……」


 尊大な口調で、彼は堂々と宣言する。


「……我は綺麗なお姉さんが大好きなのである!!」

「やっぱりただの女好きじゃないか!」



 +



 学校の校門まで戻って来た時、日はとっくに暮れていた。

 リズはあの後すぐに「疲れた」と欠伸をして、今はヴィートの掌で寝ていた。


「こうしていると、少し可愛いかも……」


 と、クレリアがその様子に和んでいる。

 彼女の言う通り、今のリズは無害な生き物に見える。四肢をだらしなく伸ばして、すぴー、すぴー、とお腹を上下させている。


「こいつもずっと起きているわけではなく、1日の大半は眠って過ごしているみたいなのですが」


 と、ヴィートはリズを持ち上げて、話をする。


「今から1年前のことです。俺は王宮魔道士のルカ様と共に、ある遺跡の調査に向かいました。そこで、この悪魔族と出会い、戦ったのです。こいつ、今でこそこんなですが、当時はとても強く……ルカ様はこいつを封印することにしました。

 その時、いろいろと不幸な事故が重なって、俺の右手にこいつが封印されてしまったのです。それからです。時々こいつが、俺の手を使って悪さをするので困っていたんですよ」


 ヴィートは今までのことを振り返るように、神妙な顔付きをしている。口調も落ちこんでいるものだったので、ジーナは彼に同情した。

 が、そう思ったのも、束の間。


「だから、すべてはジーナちゃんのおかげだ。俺を悪魔から解放してくれてありがとう」

「今は悪魔は何もしてないだろ! 触るな!」


 目にも止まらぬ早業で、ヴィートはジーナの手を握る。すかさずシストに引きはがされた。

 ジーナは呆れ返っていた。今、この人に向けてしまった同情の気持ちを返してほしい……と思った。

 クレリアも冷えた目を彼に向けている。


「なーんか、納得いきません。ランディ様、ご自分の女たらしぶりを、全部悪魔のせいにしようとしてませんか?」

「いやいや、そんな。俺だって、不本意だったんだよ? ジーナちゃんはわかってくれるだろ?」

「……都合がよすぎる、とは思ってます」

「ひどいな~」


 と、へらへらとした態度でヴィートは頭をかいている。この性格のおかげで、悪魔の件が深刻にならずに済んでいたことを喜ぶべきなのか、憂えるべきなのか。それは微妙な問題である。


「でも……1つだけ、わかったことがあります」

「え……?」


 ジーナはそれだけを告げて、すたすたと歩きだした。ヴィートが何か聞きたそうにしていた視線を跳ねのけるのだった。




 次の日の朝。

 ジーナはヴィートとの待ち合わせ場所を訪れていた。

 本来ならそのまま彼とエメリア家に向かう手はずとなっていた。


 ジーナは決意をこめた目で、彼と対峙する。そして、はっきりと告げるのだった。


「私、家には戻りません。お父様には、私は見つからなかったと報告してください」

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