3 殿下、伝わってません……!



「ジーナって、シスト様のことが好きなんでしょう?」



 クレリアの指摘に、ジーナは言葉を失った。

 顔中に熱が集まる。


(どうしよう……。気付かれないようにしなくちゃと思っていたのに……)


 シストが自分の料理を『美味しい』と認めてくれた時から。

 魔法決闘で自分のために勝つと言ってくれて、それを実現してくれた時から。

 怖そうな雰囲気は見せかけだけで、本当は優しい人なんだと気付いた時から。


 ――ジーナは、シストのことが好きだった。


 でも、自覚すると同時に、その気持ちは隠さなければならないと思っていた。

 今のジーナの身分は平民だ。王族のシストにこんな気持ちを抱いたら迷惑になる。


 ――では、公爵家のジーナ・エメリアなら……? それなら身分も釣り合うのでは?


 と、考えてみたこともある。


(でも……公爵令嬢としての私は、シスト様には嫌われている……)


 自分の正体がバレたら、いつも向けてくれる笑顔を見せてくれなくなるかもしれない。いつものように親しげに声をかけてくれなくなるかもしれない。



『……今は、お前と話したくない』



 昔、冷たくあしらわれた時のように。もしシストに冷淡な態度をとられたらと想像するだけで、心臓がきゅうと縮まった。

 だから、ジーナはその気持ちをなるべく隠そうと思っていた。他の人からシストと親密なことを指摘される度に、胸が苦しくなった。


『おふたりは、恋人同士……?』


 と、クレリアに勘違いされた時も、


『あー……彼氏さんの登場?』


 と、ヴィートに冷やかされた時も。


 表面上は冷静を装いながら、ジーナの心臓はまったく平静ではいられなかった。ドキドキと高鳴る鼓動が聞こえていないか、赤くなる頬に気付かれていないか、不安でたまらなかったのだ。


(クレリアに気付かれていたなんて……。どうしよう……。シスト様にも気付かれていたら……)


 想像だけで恥ずかしくなって、ジーナは「わああ」と顔を覆いたくなった。

 

「ジーナ」


 と、クレリアがジーナの手を握る。

 目が合うと、優しくほほ笑まれた。


「大丈夫だよ。私、応援するから」

「む……無理。むりだから……」


 ジーナはもういっぱいいっぱいになって、真っ赤な顔を横に振る。


「どうして? シスト様だってジーナのこと、好きなんじゃないかなって思うけど」

「……だ……だめ……」


 と、ジーナは小さな声を絞り出した。


「私の身分じゃシスト様に釣り合わない。それに、シスト様は今まで大変な思いをされてきたと思うの。魔力のことで……。きっといろいろな人から、心無いことを言われてきたと思う」

「でも、それだってジーナのおかげで、シスト様の魔力は増えてるんだよ?」

「だからこそ……シスト様の今までの努力が報われてほしいって思うの」


 ジーナはクレリアの手を握り返す。


「私みたいな平民と……ってことになったら、また妙な噂を立てられるかもしれない。私はそうなってほしくない。だから……お願い、クレリア。このことは誰にも言わないで……」

「ジーナ……」


 クレリアは切なげに目尻を垂らす。そして、ジーナに抱き着いて来た。


「私はジーナのことが大好きだから……! ジーナの気持ちはもちろん尊重するよ」

「ありがとう……」

「でも……それと同じくらい、ジーナに幸せになってほしいとも思っているんだからね」

「…………うん」


 ジーナはその言葉を噛みしめて、彼女の背を抱き返すのだった。



 +



 ――いやいやいや、何でそうなってんだよ!!



 壁の向こう側で、目元を覆って、ヴィートは天を仰いでいた。


 ジーナの思いを初めて知った。その健気な優しさに、ヴィートは胸を打たれた。

 確かにジーナの言う通りだ。

 王族と平民の婚姻は不可能だ。1つ方法があるとすれば、シストが王族としての身分を捨てて、2人で駆け落ちするくらいしかない。

 だが、ジーナはシストが王宮で今まで冷遇されてきたことを知っている。彼の魔力が増えてきている今、その評価が覆されて、シストが皆に認められて欲しいと、ジーナは願っているのだ。


 ――ジーナ様。クールでツンとした感じの女の子に見えて、めちゃくちゃ健気だな……!


 と、ヴィートは感動して、涙ぐんだ。


 しかし、その後で彼は気付く。


 ――それはジーナが本当に『平民ならば』の話であることに。


(ジーナ様が正体をバラしたら、公爵と王族で身分も釣り合う……! 無事に両想いでこの問題解決……じゃないか?)


 そこでヴィートはあることに気付いた。


(あれ? ジーナ様ってもしかして……シスト殿下がめちゃくちゃジーナ・エメリアを好きなこと、知らないのか?)


 ヴィートは前の学校でのことを思い出す。

 シストとヴィートは同じ学校に通っていた。それなりに打ち解けていたし、気軽に話せる関係ではあったと思う。

 そこで知った情報がある。シストの初恋相手は――ジーナ・エメリアであることだ。昔はシストも今よりも素直でいろいろとためらわずに暴露してくれたので、「可愛すぎる」「天使」「結婚したい」とまで言っていた。ありていに言うなら「ベタ惚れ」状態だった。


 だから、シストがジーナの正体を知らずに、同じ相手に惚れている状態を見て、ヴィートは「良かったですね、殿下……!」と全力で祝福していた。

 それなのに、なぜ、状況はこうもややこしくなっているのか。


(俺がさりげなく、『シスト殿下の初恋って、ジーナ・エメリアなんですよね~!』とかってジーナ様に吹きこんであげればいいのか……? いや、ないな。できるか、そんなこと!)


 さすがにそんな無粋な真似はできない。と、ヴィートは思い直した。


(まあ、いいや。そこまで俺はフォローしきれませんからね、殿下……。後は自分で何とかしてください……)


 と、やりきれない思いを抱えながら、彼はもう一度、天を仰ぐのだった。

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