閑話 お料理じゃなくても
――自分の料理に不思議な力がある。
その話を聞いて、ジーナは半信半疑であった。未だに「美味しい!」と褒め称えられることにも委縮してしまうのだ。過分な誉め言葉ではないのかと……。
それなのにシストの魔力が増えたのも、クレリアの声が治ったのも、ヴィートが悪魔を使役できるようになったのも、すべて自分の料理のおかげだ、なんて言われても。
(……さすがに……買いかぶりすぎじゃない……?)
と、ジーナは思っていた。
ジーナが今まで料理を食べてもらう相手は、父か、使用人か、フィンセントしかいなかった。父と使用人は魔道士ではない。だから、今まで彼らには何も変化が起こらなかったか、仮に魔力が増えていたところで気付くきっかけがなかったのだろう。
では、フィンセントはどうなのだろうか。
思い返せば、魔法決闘では彼の様子がおかしかった。普段ならば、フィンセントは莫大な魔力を擁しているはずなのに。あの時はやたらと魔力切れを起こすのが早いように見えた。
――それも、彼がジーナの料理を口にしなくなったから、ということなのだろうか。
(私の料理に、本当にそんな力があるのか、わからないけど……。今、私ができることはお料理くらいね)
もしその不思議な力が事実なら、料理を作ることでシストや皆の役に立てる。それはジーナにとっても嬉しいことだった。
公爵家に戻らずに済むことが決まって、翌日。
ジーナがベッドから起き上がると、体がふらついた。頭が重く感じる。
そういえば、『実家に戻らなきゃいけない……』と毎晩のように悩んでいたせいで寝不足だった。
額に触れてみると、肌が火照っている感覚がある。しかし、ジーナは首を振って、気付かないふりをすることにした。料理を作らなかったら、シストたちに迷惑がかかる。さぼるわけにはいかないと、気を引き締めた。
ジーナはその日も十分な量の昼食と、焼き菓子を用意した。
皆と昼食を食べている間のこと――
「ジーナ! おーい、ジーナ! 大丈夫?」
クレリアの声で、ハッとする。意識がぼんやりとしていた。クレリアが心配そうに顔を覗きこんでいる。ジーナは笑顔をとりつくろって、彼女に尋ねる。
「うん。ごめんね。何の話だっけ?」
「ボーっとした顔してるよ? あれ……、顔も赤くない?」
「そう? 今日、暑いのかも……」
ジーナの答えに、クレリアは不安げに眉を下げる。シストやヴィートも心配そうな顔をしている。
「大丈夫か? つらいなら、休んだ方がいい」
「……大丈夫です」
ジーナは首を振って答えた。仕事が終わったら、また明日の昼食の仕込みをしなくてはならない。それを怠けるわけにはいかなかった。
(シスト様や……皆の役に立ちたい)
ジーナはそう思っていた。明日の献立をどうしようかと考えながら、食堂へと戻る。
歩いている途中で、目の前がかすんだ。足元がふらつく。急激に体から力が抜けていった。
(あ、れ……?)
視界が白く染まっていく。
ジーナの意識はそこで途絶えた。
頭の中がふわふわとして、おぼつかない。
意識が浮上しかけて、またぼんやりと沈んで――そんなことをくり返してから、ジーナは目蓋を開けた。
至近距離で目が合う。
その距離の近さで混乱して、ぼやけていた意識が一気に浮上した。
「え……!? し……シスト様……!?」
「目が覚めたか」
シストは気遣わしそうに目を細める。
(ち、近……、どういう状況……!?)
ジーナは困惑した。そこで、頭の中だけでなく、体全体がふわふわとしていることに気付く。
ジーナは自分の姿を見下ろした。シストに横向きで抱きかかえられている。自覚すると同時に、頭の芯がカッと熱くなった。
「熱がある。もうすぐお前の部屋に着くから、じっとしていろ」
「あ……あの……」
と、ジーナは目を回しそうになりながら、口を開く。
「自分で歩きます……下ろしてください……!」
「は?」
シストは途端に不機嫌そうな顔になる。
――何か怒っている!?
と、慌てふためいてから、ジーナは気付いた。
(あ……私が倒れたから……。これじゃあ、明日の料理が……)
シストの魔力は、ジーナの料理で増えたのだ。
それなのに、料理が作れなければ……シストに迷惑がかかる。と、ジーナは身を縮めた。
そうこうしているうちに寮室にたどり着いた。ベッドに優しく横たえられる。ジーナはすっかり委縮していた。申し訳なさで頭がいっぱいになる。
「ごめんなさい……ありがとうございました……。あの、でも、明日の昼食の仕込みが……」
何とか起き上がろうとするが、体に力が入らない。すると、シストはむっとした様子で、ジーナの肩に手を置く。
「無理をするなと言っているだろう。食堂には今日と明日、休むということは伝えた。だから、大人しく寝ていろ」
「でも、それだと、明日の皆の昼食が……」
「料理より、お前の体の方が大事だろ!?」
鋭い口調で言われて、ジーナは息を呑む。
シストはハッとして、気まずそうに目を逸らした。言葉を選ぶように黙りこんでから、
「お前の料理はとても美味い。そのおかげで俺の魔力も増えた。だが、そのために無理はしてほしくないと思う」
「シスト様……」
不器用ながらも、シストの口調はとても優しくて、ジーナのことを本当に案じてくれているのだということが伝わる。
それを聞いていると、ジーナの目元はじんわりと熱くなった。胸が詰まって、何も言えなくなる。
こみ上げてきた感情に涙があふれそうになって、ジーナは必死で抑えていた。
「俺は、料理や、自分の魔力のことよりも……お前のことが…………」
小さな声でシストが何かを告げる。
しかし、ジーナの意識はまた白いモヤに包まれていく。彼が何を言ったのか、ジーナは聞くことができなかった。
目が覚めると、朝になっていた。
ジーナは体を起こして、すぐにそれに気付いた。テーブルの上に山積みにされた物がある。
近付いて確認してみれば――
一番上の包みには、パニーニが入っていた。
手紙がつけられていて、
『食堂の方は気にしなくていい。それよりも早く体を治すんだよ! エマ』
包みの中からは、美味しそうな匂いが漂ってくる。
次の包みをジーナは開く。そこにはタオルが入っていた。端にジーナの名前が刺繍してある。
『ジーナの具合が悪いこと、すぐに気付かなくてごめんね。早くよくなりますように。 クレリア』
更に別の包みを開いてみる。そちらには市販の菓子が入っていた。
『ジーナ様がここ最近悩まれていたことを知っていながら、お力になれずに申し訳ありませんでした。今後はいついかなる時も、あなたの味方となります。 ヴィート』
最後の包みをジーナは開く。
フラワーバスケットだ。ガーベラとミモザの花が綺麗にアレンジされいた。
添えられていた手紙には、一言だけ。
『ゆっくり休め』
その手紙だけ差出人の記載がない。しかし、それが誰からの贈り物なのか、ジーナはすぐにわかった。
バスケットを抱えると、花の甘い香りが漂ってくる。
目元が熱くなって、涙が零れそうになった。
――私は本当に幸せ者だ。
と、心から思う。自分の料理を皆に認めてもらっただけでも、十分すぎるほど幸福だと感じていたのに。
認めてもらえたのは、料理だけではなかった。
ジーナはフラワーバスケットを窓際に置いて、カーテンを開けた。朝の陽ざしが室内を明るく照らし出す。
――明日の昼食は、とびきり心をこめて作ろう。そして、皆にお礼を言わなきゃ。
と、外の景色を眺めながら、ジーナは思うのだった。
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