身を以て学ぶ

「せぇい!」


 振り払った刃が、剣身に滑らされて火花を散らす。

 対峙を始めた時から今まで、ゴルダは左手を腰の後ろに回したまま、レジアナの猛攻を軽く捌いてみせていた。


「筋は良い。やはりこの中では一番だ。何より勘が利く」


 批評を口にしながら、続けざまに放たれたレジアナの蹴撃を、ゴルダはブーツの底で受けた。苦痛に顔を歪めたレジアナだったが、くるりと回転するや上段から斬り下ろす。


「だが、無駄が多い」

「ぐ……!」


 風を切って振り下ろされた刃を紙一重でかわすと、ゴルダは無防備になった脇腹を痛烈に蹴り飛ばした。レジアナの細い身体が宙に浮き、土埃を上げて転がる。


「レジアナ!」

「おい、大丈夫か?!」


 息を呑んで見守っていた同期達の間から、悲鳴にも似た声がいくつも上がる。だが、呼吸ひとつ乱していないゴルダの冷徹な視線は、レジアナに駆け寄る事を許さなかった。


「次、ラインズ」

「…はい」


 短く応じたラインズは車座の中から立ち上がると、佩いていた剣を抜いた。諦めた顔で、のろのろと教官の前に立つ。


 あのレジアナでさえ歯が立たないのだから、剣を交える前から結果は分かっている。それでなくても、訓練では毎日酷い目に遭い続けている。


「…誰だよ…陸軍上がりは大した事ないなんて言ってたのは…」




 ラインズがぼやくのも無理はない。全てのスロデア国民にとって、陸軍とは、強さや厳しさといった概念からもっとも縁遠い存在だからだ。

 故に、時期を外れて着任してきたゴルダは侮られて当然ではあったし、生徒達の憶測が面白おかしく広まっていくのも頷ける事態だった。


 だが、教官として本格的に動き始めたゴルダは、着任後一週間で、その評判を全て覆していった。

 絶対の規律の下、殊更に厳格で妥協の一切を赦さない。今まで何も感じなかった他の教官達が優しく見えてしまうほどに、ゴルダの厳しさは群を抜いていた。




「道理で、おかしな時期に着任してきたと思ったんだよ…」

「あの性分だ、腑抜け集団の陸軍じゃ居場所なんてなかっただろうな」

「きっと相当浮いてただろうね…納得だよ」

「誰もついて来ないだろ、あんなに厳しくちゃ」


 ゴルダの容赦ない洗礼を浴びてからというもの、生徒達の噂の内容は短い間に大きく変化した。それどころか。


「聞いた話だけど…ろくに働かない上官を殴り殺しかけたんでしょ?」

「それで飛ばされてうちに来たって事か?勘弁してくれよ…」

「あら、私は歯に衣着せぬ言動が疎まれての厄介払いと聞いておりますわよ」

「原因が何であれ、良い理由で来たわけじゃなさそうだな」


 普段の厳格さに理由が定かでない着任も手伝って、ゴルダは多くの畏怖とわずかな侮蔑の対象として、生徒達の間で祭り上げられていた。




「知ってる?陸軍にいた頃の二つ名、『戦鬼』だったらしいよ。同僚が引くぐらい、魔物を細切れにしてたって」

「知ってる、その話!しかもずっと笑ってたっていうんでしょ?怖くない?」


 すれ違いざま、噂を耳にしたレジアナは思わず苦笑いする。


「着任一週間程度で、こうも評判が変わるもんかね。おまけにどうでも良い噂まで…痛てて」

「大丈夫?結構強く蹴飛ばされてたもんね」


 心配そうにレジアナを見やるギャラルの肩に、アレリオスが静かに手を置いた。


「人の心配も結構だけど、ギャラルはまず自分を労わってあげなきゃな。良く眠れてないんだろ?ここ数日」

「ばれちゃってたか…疲れ過ぎると、かえって眠れなくてね。どういう体制で寝転がっても身体のあちこちが痛いし」


 一度は力なく笑ったギャラルだったが、その眼はまだ力を失っていない。


「…でも、教官のお陰で良く分かったよ。精神魔法が人よりちょっと得意だからって、身体能力が足りてなけりゃ、それを活かす機会だってない。もっと頑張らなきゃ」

「それを言うなら私さ」


 レジアナもまた、傷む脇腹に顔をしかめながら同調する。


「剣が上手い、才能があるだなんて褒めそやされてきたけど、私なんてまだまだだったよ。教官みたいに隙なく視野を広く保てなきゃ、本当に強いとは言えない」

「なるほどな…あの厳しい姿勢から学んでるのは、俺だけじゃないって事か。お前はどうだ?」


 どこか満足そうに笑うアレリオスの視線の先、腕を組み思案していたウィルヴは、かけられた声に我に返った。


「ん、あぁ…そうだな。初日の素振り以降、教官が俺達に無茶をさせた事は一度もない。思うに、あれは自分の厳しさを先ず知らしめ、ついて来れない者を振るい落とす為だったんじゃないかな」


 事実、ゴルダが着任した二日目には、八十三期生の二割強に当たる十数名が、自主退学を申し出ている。


「今の陸軍のようにはならない、させない…っていう事?」


 ギャラルの問いかけに、「さぁね」と応じたウィルヴは続ける。


「真意までは分からない。でも、あの人の下で学べることは少なくないはずさ。…お、来た来た」


「え、襟首掴まないで下さいよ!喉が締まって息が出来ませんって!」

「何故教官室を鶏でいっぱいにした」

「これにはきちんと深い理由が…あ、おい皆!皆からも何か言ってやってくれよ!」

「行ってらっしゃーい」

「そりゃないだろレジアナ!頼む、助けて……」


 ゴルダに引きずられながら遠ざかるラインズを、四人は微笑みながら見送った。

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