【中編】かつてない危難
急な巻き添え
自領の視察、迎賓との会談、内政の改善、そして研鑽の為の訓練。
北限の雄デルヴァン王国の、しかも将軍位ともなれば、その日常は多くの補佐官が組み上げた予定で隙間なく埋め尽くされている。
ただでさえ目を向けるべき事案が多岐に渡る職位である。限りある時間をどこまで有効に活かすかに補佐官達は心血を注ぎ、また、将軍も計画に沿って職務をこなし、彼らに応える。
もっとも、計画はあくまで机上で組まれたものに過ぎない。予定外の事態も当然起こり得るが、それすらも大概は想定内である。
そう。大概は。
「しかし驚いたの…しばらく来ぬうちに、ここまで整備の改変が進んでおるとは思わなんだ。各区画を広い幅の往来で隔てておるのは、やはりレギアーリの襲撃を視野に入れておるのか?」
「いやはや…感服しました。大叔父殿、流石のご慧眼です」
デルヴァン王国領コルベーリ。執務室で感嘆しきりのデルヴァン十将第五席ザラーネフの前には、同第二席で彼の叔父でもあるダズナルフが深く椅子に座り、髭を撫でている。
「防壁を越えて上空から襲撃され、焼き払われたとしても、街路を広く取って空白地を設けておけば、要らぬ延焼を阻めるかと。…まぁ、苦肉の策ですが」
「苦肉でも四苦八苦でも構わぬ。大切なのは、いつ訪れるとも知れぬ
満足そうに破顔したダズナルフに、ザラーネフもつられて笑みをこぼす。ひとしきり笑った後、冷茶をすすったダズナルフは笑顔のまま切り出した。
「して…今日はの、預けていた魔具をしばらくぶりに愛でたくて参った次第よ。お前の事だ、厳重且つ正しく所蔵してくれておるとは思うが」
柔らかな叔父の笑みと、突然の来訪。その両方の理由を悟ったザラーネフは、わずかに表情を緩めると、安堵を素直に言葉に乗せる。
「報せもなく我が領に訪れるなど、どれほどの一大事かと思っておりましたが、今しがた合点がいきました。なに、ご心配には及びません。大叔父殿の所蔵品は傷ひとつ付けず、丁重に管理しております」
武芸百般に於いて並ぶ者なき腕を持つ老将、ダズナルフ。彼には長年嗜む二つの趣味があった。
ひとつは酒。もっとも、銘柄に拘ったり、産地に詳しいといった深さはない。食事と共に楽しい酒を飲み、時には深酒してしまう…ごく普通の酒好きである。
もうひとつの趣味が、様々な魔具の収集だった。
剣や斧、盾や鎧の様な実用的な物から、ガラス玉や羽根ペン、果ては紐や人形といった、いつ、どう使うか良く分からないガラクタまで。興味がそそられたものは、大枚をはたいてでも購入してきた。若い頃から集め続けたその数は、既に百を優に超えている。
叔父自慢の品を収めた収蔵庫へと先導しながら、ザラーネフは、ふと妙な引っかかりを覚えた。
「…そう言えば大叔父殿、ナズルガーンの居城の増築は去年でしたか」
「うむ、そうじゃな。もう一年になるか…新たに二本の尖塔と二階立ての別棟を設けたのだが、今まで手狭で困る事も多かったのでな。何かと重宝しておるわい」
「となれば、預かっている所蔵品の魔具は、そちらに移しても良いのではないですか?わざわざ転移門を使って我が領を訪れるより、近くに置いておく方が楽しめる様にも思えますが」
そこまで話したザラーネフは、叔父からの返答がない事に気付くと、恐る恐る首を回した。恰幅が良いはずの歴戦の将は、彼の背後でなんとも言えないバツの悪い顔をしている。
詰め寄るザラーネフの口角が、小さく痙攣する。
「…大叔父殿、正直にお話し下さい。大叔母殿は魔具の収集をご存知なのですよね?」
ややあった後、ダズナルフの髭がもそりと動いた。
「…いや、知らぬ」
「…では、大叔父殿が小遣いの殆どを魔具につぎ込んでいる事も…ですか?」
「うんむ」
「うんむではありません!一大事ではないですか!」
わななくザラーネフは、後ずさると思わず大声を上げた。
デルヴァン王国きっての猛将二人を瞬時に震え上がらせるほどに、大叔母のまとう沈黙と怒りは凄まじいのである。
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