毒食らわば
アーレヴィー公爵夫人は、第二席ダズナルフの妻であり、第五席ザラーネフの叔母にあたる。
デルヴァン有数の名家に生まれた彼女だが、いわゆる温室育ちの気質は微塵もなく、屈強な男達に混じって研鑽を積む、一族では際立って浮いた存在だった。
優れた個の武勇は勿論、冷静で正確な戦術眼はすぐにデルヴァン国内に知れ渡り、齢三十七にして女性初となる十将を拝命する。
女性の進出を良しとしない風潮の根強く残る、旧体制の只中だった。時代が時代なら、彼女の拝命はあと十年は早かっただろうと言われている。
ダズナルフと結婚した後は惜しまれながらも潔く十将を勇退、彼の所領であるナズルガーンの為に日夜夫を支えている。
「大叔父殿…ここは敢えて言わせて貰います、俺を
青い顔をするザラーネフの傍らで、ダズナルフは半ば諦めた様に息を吐くと、頬の髭をポリポリと掻く。
「許せザラーネフ…だが、わしとて、あれに独りで叱られるのは耐えられんのじゃ。慚愧に堪えぬが、ここはひとつ、わしと共に叱られてくれ」
「嫌です、絶対にごめん被りたい!!戦から離れて数十年経った今も、昔と変わらぬ二つ名で呼ばれる様なお方ですよ?!」
「
「そう怯えんでやってくれ…あれにはわしからも良く言うておく。そもそも、わしはお前に何も話しとらんかったわけだしの」
「何を呑気に…『良く言うておく』ではありませんよ。…全く、誰のせいでこの様な目に遭う羽目になっているのか…」
いっそ開き直った感すら漂わせるダズナルフに、今度はザラーネフが項垂れる。
「大叔母様の性格など、嫌と言うほどお分かりになられているはずでしょう…大叔父殿や俺が『教えていなかった』『知りませんでした』と言ったところで、素直に首を縦に振る様なお方ではありませんよ?」
「……そうよなぁ…やはり駄目かの…」
「えぇ、駄目ですね」
すっぱりと言い放ったザラーネフは、一度目を強く瞑ってから、「いずれにせよ」と頭を振った。
「今のままでは、大叔母様に感付かれてしまうのも時間の問題です。処分するか隠し通すか…先ずは品を見てから考えましょう」
「ザ、ザラーネフ…!お前という奴は、なんという…」
「あぁもう…寄って来ずとも結構。暑苦しくて適いません」
感極まった顔でにじり寄るダズナルフを、ザラーネフは両手を伸ばして押し留める。
「巻き込まれたとは言え、俺とて大叔母様にむざむざ叱られたくはありません。…正直に話してしまえるのなら、どれほど楽かしれませんがね」
冷徹で鋭い視線、長く圧の強い無言。アーレヴィーの佇まいを思い出したザラーネフは、身体の芯からぶるりと震えあがった。
「おお!流石はわしの甥よ、素晴らしい状態ではないか!うんうん、わしは感激しとるぞ!」
「…お褒めに預かり光栄ですが、今はそれどころではないでしょう」
ダズナルフの手放しの激賞に、ザラーネフは呆れながらも悪い気がせず、つい苦笑する。
武具庫の一角、短い階段を登った先の部屋が、今はダズナルフの所蔵庫になっている。魔具の造形に深い魔導士に管理を一任しているが、ザラーネフも月に最低一度は自らの目で状態を確かめてもいた。
「…しかし、あれだの」
「どうしました」
傷でも付いていたかとにわかに緊張したザラーネフの隣で、古い兜を手にしたダズナルフはぼそりと続ける。
「自分で言うのも何だが、これほどの量ともなると、処分も難しいの」
「間違いなく百はありますからね。…と言いますか大叔父殿、最初から処分する気などないのではありませんか?」
「明言は出来ぬが…当たらずとも遠からず、と言っておこうかの」
ふふ、と片眉を大仰に上げ、滑稽な顔をしてみせたダズナルフに、思わずザラーネフは吹き出してしまう。
叔父と甥の気の抜けたやり取りは、この上なく微笑ましい光景だった。もっとも。
「失礼致します、ザラーネフ様。アーレヴィー侯爵夫人がご到着です」
この危機を無事乗り越えられたならの話だが。
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