青年は息を呑む
「そもそもさ、報酬の十分の一だよ?おかしいと思わなかったの?」
「いえ……傭兵稼業に足を踏み入れたばかりですし、てっきりそういうものなのかなぁ、と」
「どう考えたって食い繋いでいけないでしょ、聞いた程度のはした金じゃ」
向かいの倒木に腰を下ろして説教する女傭兵は、名をニザと言う。
切り株に肩をすぼめて座るネルエスは、気付かれない様に溜息を漏らした。
どうしてこんな事になったんだろう……。
森からの帰路で出会った明らかな同業者。彼らこそが正真正銘、本物のフクロウ団だった。
「私らの名前を騙るのは別に構わないけどさ…あんたら、評判を落とさない自信と腕はあるんだよね?ないなら気を付けなよ?…評判の前に、命を落としちゃうかもしれないし」
一瞬、ぎるりと獣の様な鋭さを見せたニザの眼光に、先輩傭兵達は文字通り飛び上がると、ネルエスを置き去りにして這う這うの体で遁走してしまっていた。
「あの、僕はどうしたら」
「あんたは居残り。傭兵になりたてなんでしょ?また騙されない様に、私が色々としっかり教えてあげるよ」
口角を上げ、腕を組んでふんぞり返るニザに、周囲の傭兵達は堪らず爆笑する。
「ははははは!いや副長、流石に無理があり過ぎるって!誰が誰に?!」
「いひひひ…やべぇ、今年一番笑ってるわ…腹がちぎれそうだ!」
「しょっちゅう分団長に叱られてる腹いせなら、俺らにして下さいよ!そいつが不憫で適わねぇ!」
「向いてない向いてない!そういうんじゃないでしょ、副長!」
「なんだよ、皆してー…私だってね、傭兵とは何たるかの心構えぐらい、ちゃんと教えられるってば!ほら、あんたはぼーっとしてないで、そこ座る!」
こうして、あからさまにむくれたニザに言われるがまま、切り株に腰を落ち着けたまでは良かった。
だが、傭兵達が言っていた通り、ニザの話は驚くほど中身がなかった。さんざん息巻いていた心構えを待ってみるものの、滔々と雑談混じりの説教だけが続く。今となれば、傭兵達が危惧するのも無理からぬ話だった。
初めはやんやと囃し立てていた周囲も長話に飽きてきたのか、武器の手入れをし始める者はおろか、うつらうつらと船を漕ぎ出す者もいる始末である。
とは言え、ネルエスにとってニザは、初めてと言ってしまっても良いほど、きちんと正面から話をしてくれる傭兵なのは間違いなかった。こうなると、彼本来の生真面目さが懸命に働く。
結果、ネルエスはたまに「僕は何をしているんだろう」と我に返りながらも、いつかは身になる話が来るのではと、必死に耳を傾け続けていた。
「そのぐらいにしてやれ、ニザ」
凛と低い声が響くと、それまで談笑していた傭兵達の背筋が一斉に伸びた。うたた寝に興じていた者も、即座に座り直す。
ぴんと張り詰めた空気の中、ニザだけはどっかりと倒木に座った姿勢を崩さない。頬杖をついたまま、ネルエスの背後へと声をかけた。
「遅いよ分団長ー…独りでどこ行ってたんですー?」
「散策だ」
振り返ったネルエスの視線の先、先程まで誰もいなかったはずの大木に、腕を組んで身体を預けるエルフがいた。
彼ら森の民の例に漏れず、そのエルフも上背がある。だが、それ以上に、全身から立ち昇る例えようのない力に、ネルエスは我知らず息を呑んでいた。
言葉を失した若者を前に、エルフはじっと視線をやる。どこか憂いを帯びた眼差しで彼を射抜いたエルフは、ふと口を開いた。
「弓を扱うな、お前」
「え……あ、はい。弓なら…いえ、弓が武器ならもっとも得意です」
「丁度良い。手伝え」
一言だけ告げると、エルフは踵を返して森の奥へと歩き出した。
「行くよ、皆」
「おう」
「うっす」
同時に、ニザを始めとする周囲の傭兵達も、一斉に身支度を整えて彼の後を追う。
訳も分からず共に歩を進めながら、ネルエスは彼らの横顔をいくつも見比べた。傭兵達の瞳に宿る確かな光は、分団長と呼ばれたエルフが、彼らを畏怖で無理に縛り付けているわけではない事を物語っている。
これが、本当の傭兵なのか…?この、胸が落ち着かない感情は、一体何だ…?
理由も分からないまま、ネルエスの脚は一層速さを増した。草木を掻き分け、先頭のエルフへと必死に追いつく。
「あの、僕、ネルエスと言います」
「名前など良い」
一瞥もくれる事なく一度は言い放ったエルフは、しばらく歩を進めた後、わずかにその足を緩めた。
「…互いの名を知らぬままというわけにもいかんか」
ぼそりと呟いた後、エルフはどこか影のある端正な顔を、真っ直ぐネルエスへと向ける。
「クーゼルクだ」
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