青年は静かに昂る
「私らね、この森に一昨日入ったばっかなんだ。きっとネルエスの方が詳しいはずだから、何か注意する様な事があったら、教えてくれると助かるよ」
「……はい……分かりました」
ニザに笑顔で振り向かれても、ネルエスは返答で精一杯だった。茂みや木の根の凹凸に足を気を配り、必死に歩を進める。
ネルエス達が一週間かけて探索した森を、クーゼルクは既に見知った庭の如く進んでいた。副長のニザ以下も、彼の脚の速さに顔色ひとつ変えず後に続いていく。
勿論、ネルエスとて思い付きで傭兵を志したわけではない。故に、充分な時間を費やして身体を鍛え、体力を作り上げていた。お陰で、これまでの依頼も難なくこなせている。
だが、フクロウ団を前にして、ネルエスの努力は残念ながら通用しなかった。探索の速度からして、まるで違う。足元の悪い鬱蒼とした森を、平原かと思う軽やかさで進んでいく。
道理で、どこに行っても名前を聞く訳だ…息を切らしながら、ネルエスは独り納得していた。
「…魔法の類だな」
「えぇ、ぐるっと回らされましたね」
自身の事で余裕のなかったネルエスは、クーゼルクとニザの会話に耳を疑った。見回すと、周囲の傭兵達もしきりに頷いている。
「どういう事ですか?」
「結界か幻術か、或いはこの地の精霊か…何者かによる力で、同じ場所を回る様に歩かされた」
「つまり、ここから先は来て欲しくない」
ネルエスにそう告げたニザは、不敵に口角を上げる。
「…って事は、目的も近いのかもね」
そこで初めて、ネルエスは彼らの依頼を知らない事に気付いた。傍らの傭兵に顔を向ける。
「そう言えば、皆さんの請け負ってる依頼って何なんですか?」
「…うーん…」
眉を上げ、見るからに困った顔をした傭兵は、クーゼルクに向けて声を張った。
「分団長!こいつに依頼内容教えても構いませんか?」
「あぁ」
「っつうかよ、」
クーゼルクの返答を遮る様に、別の傭兵が腰に手を当てる。
「暗黙の了解…とでも言や良いのかな。他所の傭兵に依頼の内容なんざ訊くもんじゃねぇぞ?ひょっとしたら、そいつらはお前の敵かもしれねぇんだからよ」
「あ、そうか…そうですね…」
単純な疑問をそのまま口にしてしまった軽率さに、ネルエスは思わず俯いた。
少し考えたら分かる話だった。やんわり諌められた通り、依頼について明らかにする事は、相応の危険を伴う場合も少なくない。
「…ま、お前はまだ傭兵になったばっかみたいだし、詳しく分かんなくても仕方ねぇけどな」
「何にせよ、最初に出会ったのが俺らで良かったな。末長く感謝しろよ?」
少しばかり得意気な語調でのたまった傭兵に、周囲がどっと笑い声を上げた。
只中にいたネルエスの胸が、自身への気恥ずかしさと、彼らから向けられた配慮に熱くなる。
同時に、彼らと出会ってから感じ続けていた胸のざわめきが何なのか、じわりと理解出来ていた。
連綿と磨き抜かれてきた強さ。見据えた目標への真摯な姿勢。乱暴な様でいて血の通った温情。
これは憧れだ。こういう傭兵に、僕はなりたいんだ。
「あの、」
意を決したネルエスは口を開く。
「こんな時に言うべきじゃないかもしれませんけど、僕を皆さんのフクロウ団に加えて欲しいんです。僕に出来る事なら何でもします、一緒に学ばせて下さい!」
深々と下がる頭を見やったニザは、半笑いでクーゼルクへと向き直る。
「…だそうですよ。どうしますー?」
「構わん」
「へ?」
あまりにすんなりと下りた許可に、ネルエスは思わずおかしな声を出す。その様子を目にして、周囲の傭兵達は再び沸いた。
「まぁそうなるよなぁー、分かる分かる!」
「俺も初めはびっくりしたもんだったわ」
「うちの分団長は、また特に敷居が低いですしね」
「僕が言うのも何なんですけど…良いんですか?こんなにあっさりと」
驚きを隠せず呆然と立ち尽くすネルエスに、ニザが満面の笑みを見せる。
「分団長が『良い』って言ってるんだから良いんだよ。仲間は多いに越した事ないからね」
「…ありがとうございます!足を引っ張らない様、全力を尽くします!」
「あまり気負うな」
感極まりながら頭を垂れたネルエスの耳に、続けられたクーゼルクの平坦な語調が聞こえる。
「せいぜい自身の意義を示せ」
どこか突き放した様な物言いに、思わずネルエスは顔を上げた。クーゼルク以外の全員が、あからさまに苦笑いを浮かべている。ニザもまた、少し困った風な顔でネルエスの肩をぽんと叩く。
「…ま、頑張んなさいよって事だよ」
生と今、そして自身に失望しているクーゼルクの過去をネルエスが知るのは、もう少し先の話である。
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