青年は踏み出す

「じゃあ、改めて」と前置きした後、ニザは口を開いた。


「私達が受けた依頼は、この森にいるって噂の一角獣ユニコーンの実在を確かめる事。それと、」

「他にも請け負ってるんですか?」


 目を丸くするネルエスを見て、ニザは得意げな顔で人差し指を立てる。


「そ、他にもいくつかね。私らぐらい引く手あまただと、ひっきりなしに依頼が舞い込んで来ちゃうから。基本、いくつかを同時進行してる形だよ」

「…ニザ」

「はぁーい」


 先頭を進むクーゼルクの声に、小さく肩を竦めたニザは、立てていた指を口元に持っていくと踵を返した。

 察するに、話し過ぎなのだろう。ネルエスもそれ以上は深く聞かず、黙々と足を動かした。



 森の精霊達によって隠されていた封印をほどき、クーゼルクは足を止める事なく、森の奥へと歩み入る。一切緩まないその歩調に、流石にニザの息でさえも荒く乱れ始めた頃、エルフはその足をゆっくりと止めた。


「ここで夜営にする」

「…だってさ」


 肩で息をするニザにそう声をかけられても、ネルエスはわずかにも言葉を返せないほど疲弊していた。



 封印の奥に広がった森の探索には、更に一週間を費やした。

 クーゼルクの見立てによれば、封印は精霊達が自発的に施した可能性が高いという。未踏と言ってしまっても良いほどの悪路と、文明とはかけ離れた野生の魔物の頻出が、彼の仮説を立証していた。


「ふっ!」


 クーゼルクの放った一射が、執拗に襲いかかる巨大な茸のひとつを裂いた。ぶわりと巻き上がった黄色い胞子を認めたニザは、腕で口を押さえながら跳ねる様に後退する。


「近接、全員退がって!ここは遠距離に任せよう!」

「いちいち面倒な奴らだぜ、全くよ!」


 舌打ちした傭兵の一人が、宙を見たまま動きを止める同胞を抱えて走った。茸の振り撒く胞子は、五感のいくつかを一時的に奪い去る。


「はっ!」

「動きの先を読め」


 懸命に狙いを定め、弓を放ったネルエスに、クーゼルクの言葉は顔を向けずに発せられる。


「奴らの思考や習性を己が中に引き込め」

「…はい!」


 返答はしたものの、迫り来る魔物を前にしたネルエスに、余裕などない。ただ、必死に矢をつがえては射ち放つのが精一杯だった。



 幾度もの交戦を重ねる度、クーゼルクは少ない口数で的確な改善を促す。

 だが、ひと度戦闘が終わってしまえば、彼の口は固く閉じられ、唯一の息抜きとも言える食事の頃合いでも、殆ど開く事はなかった。

 それは、木訥や口下手といった類ではない。近寄り難い空気が彼の周囲に立ち込めている。


 ネルエスには、クーゼルクが敢えて自身に踏み入らせない様、距離を取っている様に見えてならなかった。

 分団員達にそれとなく話を聞いてみても、明確な理由を知る者はいなかった。

 ただ、彼らはクーゼルクの作り出す空気の中での、正しい過ごし方を知っている。彼を輪の端に置きながら、どうしても必要な時以外は、まるでそこにいないかの様に務めて振る舞っていた。


「何が分団長をああさせてるのかは分かんないけどさ」


 彼の態度にすっかり馴れているニザは、そう前置きした後、あっけらかんと笑う。


「きちんと私らの事を見てくれてるし、依頼はこなせてるし。充分じゃない?」

「充分…そうですね、確かに充分です」


 彼女の言葉は正論だった。

 自身にも過去がある様に、皆も等しく何かを抱えて傭兵稼業に身をやつしている。


 だが、あまりに語らないクーゼルクの態度は、会話を交わした瞬間から、ネルエスの心の中に小さなトゲとなって刺さったままでいた。

 爆ぜる焚き火を眺める、端正に陰る横顔を見れば見るほど、彼の抱えるものが気になる。勿論、本人が話さない以上、不躾に踏み込んでしまうわけにはいかない。


 けれども、とネルエスは思う。



 クーゼルクはエルフだ。ここまで過ごした時間は長かっただろうし、依頼等で不遇に落命でもしない限り、間違いなく、分団の誰よりも長く生きる。

 誰にも心を開かず、これからも独りで抱え込んでいくのだとしたら、たとえ自分で覚悟を決めていたとしても、その旅路は苦しくないのだろうか。

 悠久とも思える時間なら、尚更。



「隣、良いですか」


 少し離れた場所に座るクーゼルクの隣に、ネルエスはにこやかな顔で肩を並べた。


「何の真似だ」


葡萄酒の入った水袋をあおっていたクーゼルクの手が止まる。


「何の真似…って事もないんです。ただ、僕の生い立ちを少し聞いて欲しくて」


 傭兵達のわずかな緊迫を肌で感じながら、ネルエスは怯まず笑顔を向けた。



 嫌悪か軽蔑か、自責か失望か。クーゼルクが抱え込んでいるものが何なのかは分からない。だが、彼が独りで背負う何かと、彼を閉ざしたままにする事は別物だ。


 どうせ生きるのなら、誰かがそばにいるべきだ。

 ネルエスはそう信じて疑わない。

 

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