世話焼きの本質

 賑やかな任命式から、ふた月。


 活躍目覚ましいフクロウ団に寄せられる依頼は後を絶たない。懐が潤っている事も手伝って、酒場で杯を酌み交わす傭兵達の顔は皆、一様に生き生きとしている。そんな中。




「…大丈夫ですか?ちゃんと食べてます?」


 新たにクーゼルク分団副長を任されたネルエスは、いつもと変わらず酒場の隅でちびちび杯を進めるセルエッドの隣に座った。のろりと向けられた顔に、心配を通り越してつい吹き出してしまう。


「…君だけは味方だと思っていたんだがな…」

「申し訳ないです…その…あまりに、あまりな顔色だったので」


 恨めしそうにネルエスを見やったセルエッドは、細く長く溜息を吐く。


「お陰で、食事はどうにか口に出来てはいるよ。ただ、とにかく眠れなくてな…今の私に自慢できるのは、一晩の寝返りの数ぐらいだ」

「寝返りなんて、数えてたら逆に眠れなくなりません?」

「いや、物の例えなんだがな…」


 やや困惑するセルエッドをよそに、ネルエスは屈託ない笑みを見せる。


「自分で言うのも何ですけど…根が真面目なところとか、僕とセルエッドさんは何かと似てると思ってるんです。もし僕なんかがお答え出来る事があるようなら、何でも」

「頼む!聞いてくれ…そして私に教え諭してくれ!!」


 がっちりと両手を掴まれたネルエスは、うっすらと涙を浮かべるセルエッドに、わずかに笑顔を引きつらせた。



「…知っているとは思うが、うちの分団は常に賑やかでな。子供達の散策の方がまだ静かだ」

「良いじゃないですか。活気なんてあるに越した事はないと思いますよ」

「酒場や依頼の道中なら私もそう思うさ」


 焼いた鶏を割きながらのんびり応じたネルエスの傍らで、セルエッドは憂鬱な顔で添えられた芋をつつく。


「魔物がうろつく遺跡の調査、闇夜に乗じた潜入…物音を立てられない類の依頼でも、うちの連中は終始その調子なんだ。現場で何度息が止まりそうになったか分からん」

「…それは、まぁ…確かに」


 言葉少なに留めたネルエスは納得した。

 依頼を終えて戻ってくると、いつもセルエッドは人一倍疲れている。破綻しかけた依頼をどうにかこなすべく、独りで奮闘していたに違いない。


「皆を諫めた事はあるんですか?」

「あるさ。それこそ依頼の度に毎回だ。この前もな、遺跡で」


 そこまで話しかけた時、離れたテーブルで大きな音がした。ネルエスが目を向けた先、三人の傭兵が杯を放り投げて掴み合っている。

 慌てて腰を浮かせかけたネルエスよりも遥かに早く、セルエッドは既に立ち上がっていた。額に手を当てて溜息を吐く。


「うちのだ…すまんな、ちょっと行ってくる」




「…で、どこまで話したかな」


 しばらく後、疲れた顔で席に戻ったセルエッドを、ネルエスは変わらない笑顔で迎えた。


「ご苦労様でした。それにしても手慣れたものですね…ここから見ながら、ちょっと感心してましたよ」

「連中の諍いの種は大抵、大したものじゃない。ひとつひとつ聞いて、『その時の言葉が良くない』『対する態度がそれではいけない』『そもそも喧嘩の売り買いが良くない』…毎度毎度だよ、本当に」


 ぐいと杯の麦酒を空けたセルエッドは、空の杯を眺めてぽつりと口を開く。


「とは言え…ああ見えて、取り立てて粗暴というわけでもないんだ。やる時はやる連中だしな。ただ、何と言うか…常識とか節度とか、そういった人として大切なものを」

「副長よぉ」


 突然、寄ってきた傭兵がセルエッドを見下ろしながら、半笑いで続ける。


「ちょっと稽古つけてくれや。今日はあんたの得意な矛槍じゃなくて、俺が普段使ってる手斧でよ」

「またお前か…どうしても私に勝ちたいんだな」


 溜め息交じりに長髪を縛るセルエッドに向けて、傭兵の挑発的な嘲笑は続く。


「勝ちたいんじゃねぇ、勝てるんだよ。そして俺より弱ぇ奴を、俺は副長だとは認めねぇ」

「先月も同じ口上を聞いた気もするが…まぁ良い」


「行って来る」と小さく頭を下げてきたセルエッドに、ネルエスは首を振る。


「いえいえ、気にしないで下さい。それより…『先月も』って言いました?」

「今のところ、月に三人は、こうして喧嘩を売られてるよ」


 立ち上がったセルエッドは、傭兵の背に手を当てながら外へと向かう。


「前回、私が指摘したところは直したのか?あのままでは先ず勝てないぞ」

「舐めんじゃねぇ。俺だって単調に攻めるばっかじゃねぇってところ、見せてやるよ」


 彼らの背中越しに聞こえる会話に、ネルエスは最後の一切れを口に放り込む。


「…思ってたより、心配なさそうだ」

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