足元から鳥が立つ
団員の増加に伴い「新たな分団長を任命する」と予め宣言されていた事もあり、夕方に始まったこの日の話し合いは、どこか落ち着かない空気が漂っていた。
とは言え傭兵達には、なんとなくだが大方の予想は付いてもいた。
度重なる依頼をこなす中、目覚ましい活躍を見せている者は、既に周囲からも一目置かれている。
「じゃあ先ずは俺の推薦からだ。俺のとこから頼れる副長が抜けるのはちっとばかり痛ぇんだが…アレート!」
「ありがとうございます。期待に応えてみせます」
言葉とは裏腹に、満面の笑みを見せたアヴォルノに名を呼ばれ、アレートは静かに立ち上がった。周囲から上がる歓声や冷やかしに、はにかんだ笑みを見せる。
「そして副長はあんただよ、ハンダール」
「だと思ってたぜ…ま、アレートとやれんのは俺しかいねぇとは思ってたけどよ」
次いでレジアナに名を呼ばれたハンダールは、当然といった面持ちで胸を張った。「少しは謙遜しろ」と野次が飛び、本人ではなくアレートが苦笑する。
口角をわずかに上げた総団長は、団員達の中から目当ての姿を見つけると優しい声音で切り出した。
「アヴォルノ分団の新しい副長はギサルカにお願いするよ。ちょっと…いや、だいぶ億劫だろうけど、宜しく頼む」
「私…ですのね」
名を呼ばれた貴族出身の魔導士は、ちらりとアヴォルノを見やると、レジアナへと真っ直ぐに視線を返してみせる。
「謹んで拝命致しますわ。アヴォルノ分団長の面倒は私が看てさしあげます」
「…なぁーんか引っかかる物言いだな」
頭の後ろで手を組んだアヴォルノの不服そうな顔に、いくつも笑い声が上がった。柔らかい空気のまま、任命は続いていく。
「次は私の推薦です。エシュー…貴方は今日から分団長です」
「辞退します。器じゃありません」
無表情のまま即答した銀髪の青年に、周囲がどっと沸く。だが、その返答さえもゼニンの中では予測の範囲内の様だった。
「貴方は赤竜レギアーリに傷を負わせた剣士です。明らかに武勲を挙げた人間が分団長にすらなれないのでは、今後、分団員達は何を励みに研鑽を積めば良いのですか?ここは皆の為と思って、貴方が指針になる番ですよ」
「…ですが」
「ですがもへったくれもなしだ。うちは実力主義。あんただって知ってるはずだろ」
反論しかけたエシューをばっさり切って捨てたレジアナは、新たに加わったばかりのデルヴァン王国出身の魔導士へと顔を向ける。
「副長はエランド、あんただ。十将の副官を務めてた力量で、今度はエシューを支えてやっておくれ」
「い…良いんですか?俺なんかが皆を差し置いて」
「全く…二人で揃って狼狽えんなよ。団員達に示しがつかねぇぞ」
アヴォルノが半笑いで釘を差すと、隣に座るギサルカが微笑みながら続ける。
「多彩な詠唱や的確な状況判断…エランド殿には皆が一目置いていますの。それに貴方は、エシュー殿が初めて連れてきた方ですし」
「…でしたら…全力で職務を全うします、宜しくお願いします」
躊躇いながらも深く頭を下げたエランドを、荒々しい文言の声援が包む。歓声がまだ落ち着かない中、「では次だ」と席を立ったのはクーゼルクだった。
「俺の分団からはニザ、お前を新たな分団長に任命する。そろそろ独り立ちしても良い頃合いだ」
「やったー!いつ名前呼ばれるのかと思ってたよ、待ってました!」
「あのなぁ…多少の重圧とかねぇのかよ…」
両手を上げ、文字通り手放しに喜ぶニザを横目に、ハンダールがニヤリとぼやく。
端のテーブルにいたセルエッドは、皆の喧噪をなんとなく眺めていた。賑やかに進む任命式には、何の感慨もない。
そもそも新たな分団長や副長など、大して目立った活躍もしていない自分には、およそ無縁な話だ。悔しい心持ちになれるほどの存在になれているとも思っていない。
今は地道にやるだけだ。
そう分かっているはずなのに、セルエッドの目線は決意とは真逆に下を向く。
どうしても馴染めない。このまま浮き続けながら、それでも名声を手にする事など出来るのだろうか。
深く溜め息を吐いたセルエッドをよそに、レジアナの凛とした声が響いた。
「副長はセルエッド、お前に頼みたい」
一瞬静まり返った後、うたた寝フクロウ亭にごった返す傭兵達は一斉に騒然とした。
「……私……?今、私の名を呼びましたか?」
「あんたしかいないだろ」
そして彼ら以上に、白羽の矢が立った当のセルエッドは混乱の極みにあった。
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