【中編】副長の肩書き

一人迷いこむ

 貴族の貴族による貴族の為の政治。

 北部七国のほぼ中央、スロデア公国の貴族達に蔓延している思想であり、諸悪の根源である。


 国の上層部を占め、権力を有する多くの貴族達が、スロデアの行く末には目もくれず、保身と金集めに殆どの時間を費やしていた。

 結果、スロデアは支配層と被支配層に明確に分かれ、確固たる信念を持たない混沌とした国政が、もう長く続いていた。


 不甲斐ない国情を嘆く者は少なくなかった。ある者は懸命に学び、国を内側から変えんと奮起し、またある者は未来を憂うあまり、越えてはならない一線を越える。方法こそ違えど、搾取される側の一部は、ただ奪われるだけには留まっていなかった。


 だが、それはあくまでである。

 学ぶ機会が与えられ、状況に変遷を許された、ほんの一握りの存在にのみ可能な、恨めしいまでに恵まれた話だ。


 多くの民衆は、その日その日をつつがなく暮らす事で手一杯なのが真実だった。生きる為には金が必要で、金を得る為には労働が必要。その肝心な労働さえも、真面目に繰り返したところであえなく搾り取られ、満足いくほどには残らない。


 では、金を手早く多く、しかも正しく得るには――。まだ若き青年は知恵を絞ってひとつの答えに辿り着いた。


 名声だ。




 上背はあるし、体格には自信もある。腕っぷしだって、故郷の小さな街の中なら、それなりにある方だと自負していた。だが。


「なんだよてめぇ、いちいちつっかかってきやがって!表出ろやコラァ!」

「おぉ上等だ!前々からお前は気に食わなかったんだよ、丁度良い機会だ!」


 胸倉を掴み合い、互いの鼻先をぶつけんばかりに吠える二人の男。


「お、喧嘩か?良いぞ良いぞ、とことんやっちまえ!」

「よし!どっちが勝つか、賭ける奴ぁいるか?俺が胴元やってやるぞ!」

「賭けるのは何ですか?今晩の酒?それともいつもみたいに銅貨ですか?」

「しみったれた事言ってんなよ…ここはいっちょ銀貨でいこうぜ!」

「面白ぇ…その話、乗った!」

「俺も!」


 仲間の諍いを酒の肴にして大喜びするならず者達。


「…何がどうしてこうなった…」


 「うたた寝フクロウ亭」に渦巻く喧噪の端で、セルエッドは独り肩を落としている。



 名声を得るべくセルエッドが最初に目を付けたのは、スロデア騎士団だった。本来なら王政の象徴であるはずの彼らが、もはや形骸化した腐った集団と化しているのは充分知っている。

 そして、団員の多くは地方貴族の長子以外や血縁であり、必然、うなるほどの金を持っている事も、また有名な話だった。



 彼らと縁が繋がれば、きっと金が巡ってくる。年老いた両親や多くのきょうだい達に楽な暮らしをさせてやれるだろうし、ひいては寂れた生まれ故郷も、どうにか出来るかもしれない。



 淡い期待を抱いていたセルエッドだったが、入団試験には目を剥くほどの費用がかかる事を知り、愕然とする。そもそもが金を持つ者の集合体。民衆風情など最初から相手にしていなかったのだ。

 だが同時に、落胆するセルエッドの耳には、別の話も入っていた。


 『入団試験を受ける為にかかる費用は、名だたる武勲や実績さえあれば、ある程度減額される』


 つまり、騎士団員という至上の名声を得る為には、小さな名声を前段階で積み重ねておく必要があった。




 ならばと意を決して飛び込んだ傭兵部隊フクロウ団は、現状、セルエッドの肌に全く合わなかった。

 昼夜を問わず酒と喧嘩が日常の荒くれ者がひしめき、話してみれば土足で他人の素性に踏み込む無神経な人間ばかり。生真面目なセルエッドにとって、気付けば鳥肌が立っている様な日々が続いている。


「…傭兵じゃなかったのかもしれないな…」



 カウンターの端の端で、ちびちびと杯を空けていくセルエッドの横顔を、フクロウ団総団長のレジアナは紅い瞳でじっと見ていた。


「セルエッドか」


 向かいに座ったエルフのクーゼルクは、彼女の視線を追った後、葡萄酒を口にする。


「入団してもう半年だ。そろそろ馴染めてきても良い頃合いだが」

「あんたも気にしてたのか」


 腕を組んだまま、レジアナはセルエッドの鬱屈とした表情に思案を巡らす。


「…ここはちょっと荒療治といこうかね」


 呟いたレジアナが見やった先、テーブルの上にあぐらをかいて大きな肉にかじりつく人狼ライカンスロープの女戦士、ニザの姿があった。

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