よく頑張ったね
レジアナの屍術によって仮初めの命を吹き込まれた骸骨達が、水面へと浮かび上がる。相対する骨竜と同様、彼らが跨る魚もまた、寄せ集めた骨片で組み上げられていた。
「じゃあ…さっさと終わらせるよ!」
大きく咆哮した骨竜目がけて、湖面が大きく波打った。水飛沫を跳ね上げ、騎兵よろしく突進した骸骨達は、手にする錆びた剣や斧を次々に骨竜へと叩き込んでいく。
対する骨竜も、当然だが怯む様子などない。禍々しく造られた腕を伸ばし、レジアナ指揮下の骸骨兵を次々掴んでは、粉々に握り潰す。だが。
「残念だったね…換えの身体はごまんと沈んでるんだ」
レジアナは口角を上げて呟く。
腕や身体を、或いは頭さえも。白い粉を撒き散らし、原型をとどめないほどに粉砕されても、水面に浮かんだ彼らの一部には、水底から浮かんできた様々な骨がまとわりつき、執拗に身体を形成した。
一方の骨竜はと言えば、破壊された部位やひび割れた箇所はそのままである。地底湖に漲る魔力は、どうやら骨竜を動かす事に殆どが注力されているようだった。
もがく様に振り回した左腕が肩から崩れ、長く伸ばした首の先では、魚の頭部が大きく割れ欠ける。
屍術によって統率された水兵達の熾烈な攻勢に、骨竜の動きが徐々に精彩を欠いていった。
そして、レジアナはこの瞬間を待っていた。湖面に突き出た岩肌を蹴ると、一騎の骸骨の背に飛び移る。振り下ろされた腕を難なくかわし、大量の水を被りながらも肉薄すると、レジアナは再び跳躍した。眼前には、大きく顎を開いた骨竜の頭がある。
「ア・ルーナ・マ・レリア」
骨竜の鼻先に触れたレジアナが詠唱したのは、屍術によって与えられた仮初めの力を終わらせる「
ぴたりと動きを止めた骨竜は、湖面から出た肋骨からぼろぼろと崩れ、やがてその全てが再び湖の中へと消えていった。無数の骨が湖面を叩く音は、しばらく洞穴にこだましていたが、それもやがて収まる。
その一部始終を見届けず、レジアナは最奥の湖畔を目指した。湖面の岩を俊敏に次々と渡り、造作もなく仔犬の下へと辿り着くと、ひとつ、大きく息を吐いた。
「……そうか、お前……」
湖岸に打ち上げられていたのは、二匹の野犬だった。一匹は紛れもなく、仔犬そのもの。そしてもう一匹は、仔犬と酷似した毛並みと色艶を持ち、立派な体格だった。
上から流されてきた時のものか、仔犬の全身は直視出来ないほどの傷にまみれていた。確かめるまでもなく、既に息をしていない。
だが、もう一匹は、成犬故の体力からか、傷こそ少なくないものの、わずかにだが浅く呼吸を繰り返していた。
レジアナにしか見えない仔犬は、自身の亡骸には目もくれず、成犬の顔を必死に舐めている。
「父さんか、母さんか…分かんないけど、親を助けて欲しかったんだね…」
何かしらの理由でここに流れ着き、落命した仔犬の亡霊は、せめて親だけでも助けたいとあてどなく彷徨い、数日前に街道を通過したレジアナを見つけたのだろう。
屍術を扱う者は
だが、屍術を扱える者にしか――更に言えば、且つ犬を好む者にしか――仔犬が見えなかったとしたなら。
「…片脚、突っ込んどくもんだね」
煌々と火を焚く傍ら、濡れた野犬の身体を丁寧に拭きながら、レジアナはもう見えなくなった仔犬の双眸を思い浮かべていた。
漆黒の闇に包まれた玉座。
さも退屈そうに頬杖をついていた吸血鬼アシュハウゼンは、ふと片眉を上げる。
「さて…何か忘れている気がするが」
少しばかり首を捻り思案を重ねたものの、記憶からは何ひとつ手がかりが得られない。短く嘆息すると、アシュハウゼンは再び独りごちた。
「思い出せない程度なのだ、きっとさぞ些末な話よ」
遥か昔、蹂躙した聖堂を負の魔力で満たした戯れなど、悠久を生きるアシュハウゼンにとっては、一時の暇つぶしにすらならない。
【完】
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