皆、やっちまいな
折れた柱の装飾や、朽ちかけた壁面の設えを見る限り、遺跡はどうやら古代王国時代の寺院の様に思えた。首や腕のない彫像が、全身にヒビを入れながらそこかしこに立ち尽くしている。
下へ下へと伸びる道を歩くレジアナの頬を、外気がふわりと撫でた。見上げた先の天井はところどころが崩落していて、夜空が垣間見える。
沈み込んだ寺院の上に、永い時間をかけて土砂が堆積し、さながら山肌が遺跡を飲み込んだ様な形になったのだろう事が窺えた。
息苦しさこそないとは言え、遺跡の中は暗澹に満たされている。当然だが、掲げたランタンが無ければ、レジアナには何も見えない。
だが、彼女の相貌の先には間違いなく仔犬がいて、起伏のある石畳を跳び跳ねながら先へと進んでいる。レジアナはその小さな姿だけを頼りに、暗闇の奥へと歩を進めた。
「……驚いたね……」
やがて突然開けた視界に、レジアナは思わず息を呑んだ。
寺院の最奥であろう壁は崩落し、その先には地底湖が広がっていた。遥か上の岩肌からは幾つもの水が滝の様に流れ落ち、湖面へと注がれている。
周囲にある岩からは巨大な水晶が幾つも剥き出しになり、ぼんやりと光を放っていた。薄明かりと共に、レジアナにさえ感じられる豊潤な魔力が洞穴の中に満ち溢れている。
遥か昔、人知れず静かに眠っていた地底湖へと繋がる洞穴に、上に建立された寺院が沈み込んだ――レジアナの脳裏に、過ぎ去りし日々の想像が描かれる。
「ゼニンが見たら小躍りするね。教えてやらなきゃな」
思わず呟いたレジアナだったが、即座に片眉を上げた。湖面からわずかに顔を出す岩々を容易く跳び跳ねた仔犬は、奥の湖岸に座り込んでこちらを見ている。
「…そこに何かあるんだね。ちょっと待ってな!すぐ行くよ!」
大きく呼びかけたレジアナが、ふたつ目の岩へと飛んだ直後だった。
静かな湖面の下に、ゆらりと巨大な影が動く。次の瞬間、高い波しぶきを上げて、影の正体が姿を現した。
「…こんなのがいるとはね…!」
思わず唇を噛んだレジアナの前に現われたのは、まさしく異形と言える。
元は地底湖に生息していたのか、概ねは巨大な魚の骨ではある。だが、その鰭の部分には腕が、背中には背鰭の代わりに翼までもが、別の生き物の骨で形成されていた。見えない湖面の下には脚さえあるのかもしれない。
屍術を操るレジアナは、腕や翼を形作るそれらが、人間や亜人、魔物や動物の骨で組み上げられている事を即座に見抜いた。
それらが恐らく、地上の水辺で命を落とし、この地底湖に流れ着いた亡骸だという事も。
地下深くに揺蕩う強大な魔力が故か、或いは何者かが施した屍術の残滓か。
正解は分からないが、骨竜と呼ぶにふさわしい異形は、この世のものならざる力で動いている。そして。
「良いね、この方が話が早いってもんさ!」
言い放ったレジアナは大きく跳び退り、骨竜と距離を取る。屈んで湖の中へと手を差し伸ばし、屍術の詠唱を始めた。
「ノーラ・リ・アロウル・スレーア・ディレス・マ・ルーセ・ナレア・リアン・ト・ゼーレ」
ないはずの喉を鳴らし、大きく咆哮した骨竜がレジアナを叩き潰さんと、振り上げた腕を叩きつける。
だが、詠唱しながらも、レジアナには挙動の全てが見えていた。更に大きく、今度は右手の岩へと勢い良く跳躍した。先ほどまで彼女がいた小さな岩が、水飛沫と轟音を上げて粉々になる。
そしてレジアナの口角が上がった。
「こんなに立派な地底湖、良く誰にも知られず眠ってたもんだよ。大方、悠久の昔から多くの命を呑み込み続けてきたんだろうさ。…お前をその恰好にしているよりも、遥かに多くね!」
人間、エルフ、狼、オーガ。レジアナの詠唱に応じて、浮かんできた骸骨が、瞳のない空洞を骨竜へと向け、次々と湖面で組み上がっていく。
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