【中編】華の八十三期生

戯れる雛たち

「はい、えぇ……いえ、仰る通りです。はい、はい、……そうですね、それも本当に仰る通り…あ、いえ、決してそういうつもりじゃ」


 薄い扉の向こうから、しおらしく謝り続ける声が絶えず聞こえ続けている。多くの生徒達が行き交う中、友人達はひとところに集まり、廊下で問題児の帰還を待っていた。


「今回は…ちょっとやり過ぎだと思うよ、流石に」


 眉を八の字にするギャラルの向かい、アレリオスは腕を組んだまま大きくひとつ笑う。


「ははっ、やり過ぎなのはいつもの事だろ!今に始まった話じゃないさ」

「だから問題なんだろ」


 壁にもたれたレジアナは、赤い髪を掻き上げると言葉少なに続ける。


「退学にでもなったらどうするつもりなんだ、あいつ」

「そんなに怖い顔してやるなよ、レジアナ」


 ウィルヴは皆を見回すと、柔らかく微笑む。


「今は大人しく待ってやろうじゃないか、英雄の帰還をさ」

「またそうやって…ウィルヴもアレリオスも、ちょっと甘いんじゃない?僕とレジアナが厳しいわけじゃないからね?」

「そうか?ウィルヴはともかく、俺はあいつの不屈の精神を買ってるんだけどな」

「俺もアレリオスと同じ意見だよ。毎日あれだけ叱られてるのに、全く折れないんだぞ?ちょっと凄いだろ?」


 眉をひそめるギャラルをよそに、アレリオスとウィルヴが状況を面白がっているのは明らかだった。男達を一瞥した後、レジアナは吐き捨てる。


「ちっとも凄かないね。問題ばかり起こして…何の為ににいるんだよ」

「お!今日の主役のお戻りだ!」

「…あのねぇ…」

 

 鮮やかに小言を流されたレジアナだったが、さも嬉しそうに駆け寄る三人の背中に、思わず口角が上がった。肩を竦めて今日の主役に声をかける。


「今回はだいぶしぼられたね。そろそろ懲りたかい?」

「懲りるも何も、俺は危惧してるんだよ」


 指導官室から出てきたラインズは、ついさっきまで叱責されていたとは思えないほど堂々と、そして大真面目な顔で胸を張った。


「もっと魅力的で、学びに前向きになれる授業でなきゃいけない。このままじゃ、俺みたいな奴は増えてく一方だ」

「ぷっ…あははは!誰がどの立場でその口叩いてんだよ、もう!」


 その神妙な顔つきに我慢しきれず、レジアナは思わず噴き出す。




 北部七国のひとつ、スロデア。


 貴族による腐敗した統治、伴って形骸化した軍。更に深く目を向ければ、貴族達による搾取は民衆を常に圧迫し、決して越えられない貧富の壁が存在する。

 決して称賛に値しないこの国に於いて唯一、国外にまで名を轟かせる施設があった。それが王立兵学校である。

 身分の上下を問わず、一芸に秀でた者のみを迎え入れるこの学校の門は狭いが、およそスロデアにはふさわしからぬ傑物を数多く輩出している。


 武器を手に取らせたら右に出る者のいないレジアナ、統率力に長けカリスマのあるアレリオス、抜きんでた精神魔法の才覚を持つギャラル、聡明だが問題児のラインズ、そして剣から魔法までを高い水準で難なくこなせるウィルヴ。

 彼ら五人もまた、八十三期生として学び舎を共にしていた。




「薄っぺらい教科書と古い戦術書を交互に見ながら、魔物を退治する空想に小一時間…あんなのどう考えたって意味ないだろ」


 頭の上に両手を乗せたラインズは、廊下を歩きながら続ける。


「襲われた村の規模、周辺の地理、季節と天候…もっと言えば、魔物側が抱える事情。本当に事態を解決したいのなら、知らなきゃいけない事なんて山ほどあるってのに、そこをおざなりに設定するのが納得いかないんだよ」

「言いたい事は分かるんだけどさ…」


 溜息を吐いたギャラルは、ラインズを真っ直ぐ見つめる。


「抗議の意思を示すなら、指導官の戦術書をこっそり拝借して煮込む以外にも方法はあると思うよ」

「それしか思いつかなかったんだ」

「ははははは!それ以外の選択肢の方がよっぽど多いのにか?!ラインズ、お前最高だな!」


「失礼、八十三期生の子達かね」

 

 アレリオスの大笑いを打ち消すかの様に、低く凛とした声が廊下に響いた。固まって歩いていた五人は、自然と足を止める。


「そうですが…貴方は?俺達に何の用事でしょう」


 朗らかに微笑んだウィルヴだったが、笑顔とは裏腹に、緊張が全身を走っていた。その男の前では油断が許されないだろう事を、本能が素早く察知している。


「用事というわけではない。ただ、挨拶をせねばと思ってな」


 白髪交じりの短く刈った頭を、男は一度、小さく下げる。


「明日から八十三期生の主任指導官を務めるゴルダだ。長い付き合いになるが宜しく頼む」

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