【掌編】魔竜の春眠
道化師、奮闘する
西大陸に於いてもっとも多い人間、エルフやドワーフといった亜人。そしてゴブリンやオーク、トロール等の魔物。
曰く、空の王。或いは赤の魔竜。知性を有する全ての生命の中で、その頂点に君臨するのが赤竜レギアーリだ。
大国デルヴァンの王城と同等の巨躯。他の生物には見られない三対六枚の羽根。広大な大空を自由に駆り、自らの暇潰しの為だけに破壊と暴虐の限りを尽くす、天災にも等しい存在。言わずもがな、大陸中の生命が恐れおののく魔物である。
たった一人を除いては。
「…いつまで寝てんだろうね、レギアーリ」
魔竜の鼻先でしゃがみこみ、頬杖をついているのはジャダナフ。一見、普通の人間にしか見えない彼は魔法生物である。
「ちょっとさぁ…そろそろ起きてよ。話したい事があるんだ、こっちは」
寝ているレギアーリの口の端を、両手で押し上げる。地響きを伴ったいびきが一層大きくなると、閉じられた牙の間から寝息がぼうと吹き出した。油断していたジャダナフは一瞬で高熱に焼かれる。
「ぐわっちいぃぃ!!熱い、熱いってもう!このバカ!!」
悲鳴を上げたジャダナフが、ごろごろと地面をのたうち回る。遠巻きに眺めていた相棒、
「バカハオ前ダロウ…竜ノ口ヲ無理ニ開イタノダ、普通ソウナル」
「それにしたって、ここまでだって思わないって!あー…酷い目に遭ったー…」
やがて土埃を払いながらジャダナフは立ち上がった。全身を覆っていた火傷は徐々に消え去り始め、熱で溶け落ちたはずの眼球も既に形を取り戻している。
文字通りの不死。殊更に進まない加齢。魔物と会話が可能な異能。
歪な生を人間に与えられたが故に、人間を憎む魔法生物。それがジャダナフの正体であり、彼がこの大陸で唯一レギアーリを恐れない理由でもある。
「ねぇ肩噛み…どうやったら起きると思う?」
変わらず巣穴全体をびりびりと震わせるレギアーリのいびきを聞きながら、ジャダナフは「肩噛み」に問うた。
あの赤の魔竜を前に、敢然と腕を組む小さな背中がおかしくて、飛竜は必死に笑いを押し殺す。
「ソウダナ…瞼ヲコジ開ケテミルノハドウダ」
「なるほど…目か。それは良い手かもしれないぞ」
つかつかとレギアーリの頭に歩み寄ると、ジャダナフは閉じられた目の前に立った。ふんと気合を入れ、両手をかけた瞼を思い切り下へと引き下ろす。わずかにだが、いびきも小さくなる。
「よいっしょ…と…うわっ!!」
竜の眼は蜥蜴のそれと同様、下から上へと閉じられている。ジャダナフが渾身の力で開いた先、巨大な金色の瞳はぶるぶると左右に大きく動いていた。恐らくは夢でも見ているだろうその光景に、思わずジャダナフは両手を離す。
「ぃぎゃあ!!」
殆ど同時に、不意に迫ったレギアーリの右手がジャダナフを大きく弾き飛ばした。巣穴の壁目がけて飛んでいく彼の姿に、「肩噛み」から低い笑い声が遂に漏れ出した。
「フフフフ…頑張レ頑張レ、ジャダナフ」
「あのさぁ…ちょっとは手伝ってくれても良くない?!俺、結構な目に遭ってると思うんだけど?!」
へし折れた首を両手でごきりと戻したジャダナフは頬を膨らませる。一方の「肩噛み」は、その長い首をレギアーリへと向けて目をこらしていた。
「腹側ハ鱗ガ無ク、柔ラカイノダロウ?腹ヲ突ツイテミテハドウダ」
「うーん…そう言うけど、レギアーリうつ伏せでしょ」
「良ク見ロ、アレヲ」
飛竜に促されるまま、ジャダナフもまた目を細める。
長い首で自身を囲む様に身体を丸めたレギアーリの、その両手が組まれた胸元にわずかな空洞が見える。
「確かに…あの隙間に這って入っていけば、流石にこの鈍感も気付くかもしれないね」
「相手ガ寝テイルト強気ダナ」
「いちいちうるさいなぁ…よし、ちょっと行ってくる!」
腕をぐるぐると回しながら、ジャダナフはレギアーリの首をよじ登り始める。
再び手で払いのけられるのか、やにわに首が持ち上がって振り落とされるのか、或いは胸の下で押し潰されてしまうのか。
どうあれ、きっとその度に激怒しては文句を言うのだろうな。
「…懲リナイ奴トイウノハ、見テイテ飽キナイモノダ…」
遠ざかっていく彼の背中に、「肩噛み」の胸は不謹慎に躍る。
【完】
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