【中編】放蕩息子の憂鬱

我が世の春

「…で、あまりにも腹が立ってたから、俺は父上に言ってやったんだ。『たかだか数匹のオーガごときに臆して戻って来られるなど、将軍位に就いているとは思えぬ弱腰ですね』ってな!」

「ぎゃははは!そりゃ傑作だ!」

「お前…良くそんな事言えたな…」


 流石に凍り付いた仲間の一人をよそに、黒髪の青年は誇らしげに精悍な顔の口角を上げる。


「仕方ないだろ、事実なんだから。何かと呑気でまどろっこしいんだよ、あの人は。何故十将を拝命出来たのか、全くもって理解出来ん」

「おぉ、今日は随分言うなぁ!ほら、飲め飲め!」

「すいませーん!酒の追加、お願いしまーす!」


 酒場の隅で、ひと際やかましく騒ぎ立てる数名の若者達を、店中の人間が眉をひそめて一瞥する。

 カウンターで杯をあおっていた老人は、堪らず顔をしかめると、こそりと店員に話しかけた。


「…流石にそろそろ入店を断っても良いんじゃないのかね?あんなに騒がれてしまっては、客足にも響くじゃろ?」

「うちとしても、断りたいのは山々なんですけどね…貰うものは貰ってますし…何より、ねぇ…」


 店員が溜め息交じりに引きつった笑みを浮かべるのと、店の扉が騒々しく開かれるのとは殆ど同時だった。

 息を切らした若者は迷う事なく、一目散に隅の宴席へと駆けていく。


「大変だ!ラコフ達が大通りでヴェルセン達に絡まれてる!向こうは十人以上だ!」


 一報を耳にした若者達の顔に、一斉に怒りが滲む。


「なに?!またかよ連中…本当に懲りないな」

「どうする、ナシュレン?」

「どうするもこうするも、」


 手にした麦酒を乱暴に飲み干したナシュレンは、手の甲で口の端を拭う。


あいつヴェルセンの家がどれほど立派な豪商だろうと、このロルノワを取り仕切ってるのはうちだ。勘違いしてるんなら、改めて教えてやらなきゃな」

「よっしゃあ!喧嘩だ、喧嘩!早く行こうぜ!」

「あいつら、今日と言う今日は目に物見せてやらぁ!」


 息巻く若者達を引き連れ、ナシュレンは肩で風を切りながら酒場を後にした。

 喧騒が去ると、酒場には徐々に平穏が取り戻されていく。杯を空けた酔客の一人が、荒く閉まった扉を見ながら小さく首を振った。


「…たった一人の跡取りがあんな放蕩息子じゃ、ガロスネフ様も気が気じゃねぇだろうな」

「気が気じゃねぇのは俺らだって一緒だろ」


 向かいの男が捨て鉢気味に、ぐびりと酒をあおる。


「あんなのが次期領主じゃ、どのみちロルノワはお先真っ暗だ」



 西大陸最大の領土を誇る北限の雄、デルヴァン王国。九つの所領を有し、その統治を名実共に国の頂点でもあるデルヴァン十将が務める。


 最も西端に位置するこのロルノワ領を長く統治しているのは、十将第九席を拝命するガロスネフである。

 人柄は極めて温厚で誠実。民衆の話にも耳を傾け、地位を決して鼻にかけない傑物なのだが、領民からの評判は今ひとつ上がらない。


 民衆をして「唯一にして最大の汚点」「将軍の九席止まりの根源」とまで言わしめる一人息子、ナシュレンの存在がその理由だった。


 短絡的で粗野な人となり。酒と女と喧嘩に目がない乱暴者。


 貴族の跡取り達を取り巻きに引き連れ、我が物顔で領都をのし歩くその様に、民衆達は眉をひそめ続けていた。

 文字通りの厄介者を領都に放置し続けているのだから、実父であるガロスネフの評判など、上がるはずもなかった。



「おぉらよっ!」

「や、止めろ、止めてく…ぐぇっ!」


 喧嘩相手を豪快に投げ飛ばしたナシュレンは、口の端の血を拭いながら乾いた笑い声を上げる。


「はははっ!今更止めてくれもないもんだ!良く覚えておくんだな、ロルノワででかい顔するとどういう事になるのか!」



 低迷する父の評判、自身に向けられる白い目。全てに驕るナシュレンに、その一切は届いていない。

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