今更開き直る
「副長!」
「副長!!」
「あははは!ふくちょーう!」
「慌てるんじゃない、怪我人は黙って休んでいろ!あと分団長、用事がないなら呼ばないで下さい!あぁもう…総員、努めて静かに!静かにだ!」
必死の形相のセルエッドと、隣で腹を抱えるニザ。そして二人を見上げる傭兵達。彼らの間を古びた鉄格子が隔てていた。
苔むした通路の角から足音が近づくと、セルエッドの顔が焦りと落胆に染まった。それでも、囚われている分団員達の様子を手早く確認する。
「必ず私達二人で皆を助け出す…怪我を負った者は皆で気遣ってくれ、いいな?分団長、行きますよ!早く!」
「えぇー?やっと皆に会えたばっかだよ?まだ全然喋ってないのに…うわっ」
口を尖らせたニザを肩に担ぎ上げると、セルエッドは石畳を全力で駆け出した。角を曲がってゆらりと巨躯を現した数体のゴーレムが、必死の形相の彼を大股でゆっくり追いかける。
「頼みましたよ、副長!」
「待ってますからね!!」
「ついでに分団長もお願いしますよー!」
背に受ける分団員達の声は小さくなり、二人を追跡する無機質な足音がそれに取って代わる。懸命に疾走する副長の肩に運ばれながら、ニザは後方のゴーレムを揺れながら眺めていた。
「改めて見ると大きいねー。どこにいたんだろ、あんなの。あとね、思ってたよりもつるんってしてる」
「今はそういうの良いですから!!」
セルエッドの懇願が、遺跡の通路にこだました。
新たに見つかった遺跡の調査。フクロウ団に寄せられる依頼の中では、良くある案件である。
かつて強大な力を誇った古代王国の遺跡は、今なお無数に見つかっている。探索に数か月を要する大規模なものもあるが、大概は数百年を経た結果崩壊していて、十数日程度で調査が終わる。
思えば、この先入観が良くなかった。崩れた階段の更に下に行ける小路を発見した時も、どこかで「大した事はないだろう」と高を括ってしまっていたのかもしれない。
何かしらの施設として未だに機能している階層を見つけてしまうとは思わなかったし、そこら中をうろつくゴーレムに皆が捕えられたのは更に予想外だった。
突き付けられる想定の甘さ。そこに慢心や油断がなかったか。
「……私のせいだ……」
追手を巻いた後、通路の壁にもたれてセルエッドはうなだれていた。反省と後悔がぐるぐると頭を駆け巡る。
「見て見て、セルエッド!この蔦、凄く頑丈!こんなところまで登れるの!」
「……わぁー凄いですね。でも危ないから降りましょうねー」
死んだ目を向けたセルエッドの棒読みがつまらなかったのか、指先ほどの高さにいたニザは「よっと」と飛び降りて、彼を覗き込む。
「どしたの?お腹減った?」
「こんな時に空腹など気になるものですか」
「気になるよー。お腹が減ると力出ないし、歩くのも
苦い顔で吐き捨てた副長の隣に、分団長があぐらをかく。向けられた面々の笑みに、セルエッドの口角がわずかに歪んだ。
「良いですね、貴女は。どんな時でも楽しそうで…正直、羨ましい」
「楽しいよ?どこで何してても。セルエッドは楽しくないの?全然?これっぽっちも?」
「…そう言われると…」
手応えのない皮肉に、セルエッドの罪悪感が募る。彼の真意を知ってか知らずか、ニザは周りを眺め回しながら喋り続けた。
「どこで何してても、どんな風に過ごしてても…誰でも必ず、いつかは死んじゃう。それだったらさ、生きてるうちは楽しく過ごした方が良くない?」
陽気な笑みを横目にしたセルエッドの背が丸くなる。
分団長の様にあれたなら、どれほど楽か。
今の考え方も、理解は出来るが自分には無理だ。頭の固い自分には、あの境地には絶対に辿り着けない。
辛いものは辛いし、苦しい時は苦しい。命がかかった状況でも細かい事が気になるし、自身にない形を受け入れるのには時間がかかる。
「……形、か……」
呟いたセルエッドは顔を上げると、きょとんとしたニザと向き合う。
「形…って?何の?」
「やはり私は貴方が羨ましいんです。ですが、お陰で見えてきました」
天衣無縫で天真爛漫。ニザの様には決してなれない。全てを楽しめるほど達観出来ないし、そもそも余裕だってない。
でも、それで良い。羨んだり気落ちしたり、ないものねだりしながら、分団長を――そして彼女を慕う皆を――支えていくのが、口やかましくて細かい、頭でっかちな自分にしか出来ないことだ。
「行きましょう、分団長。皆を救って夕飯にしなければ」
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