十将の所以

 デルヴァン王国の北限を覆うかの様に、東西に延びるウィラーダ山脈。その裾野は果てしなく広いが、バジリスクの生息場所はすぐに分かる。

 爪から分泌される猛毒のせいで大地が腐り、草木の悉くが枯れる。加えて、この魔物と目を合わせた獣や鳥の石像が、いたるところに転がっているからである。




「…なんという事よ…」


 粉々になった鹿の破片を見下ろすダズナルフは、眉をひそめて嘆息した。


「…わざわざ石にせずとも、焼いて食う方が遥かに美味いものを」

「今は魔物の味覚などに思いを馳せている場合ではありませんぞ、大叔父殿。ここは既に魔物の生息域なのです」


 やんわりと叔父を諫めたザラーネフは、油断なく周囲を見回した。

 薙ぎ倒された古木、爪痕の残る岩。これまで多くの討伐隊を敗走させた魔物の痕跡は、そこかしこから見つかっていた。

 猛毒によって腐食した大地は、沼さながらにぬかるみ、容赦なく足を取る。バジリスクが活発に動く日暮れを待った二人は、手にしたランタンのわずかな灯を頼りに、ねじ曲がった木々の間を黙々と進んでいた。



 やがて、ザラーネフがダズナルフの肩へと静かに手を置き、自らのランタンを急いで消す。ダズナルフもまた、ザラーネフが凝視する右へと視線を向けた。


 群棲する枯れ木の間に、わずかに蠢く影が見える。乾いた音を立てて石が砕かれる音と、それを呑み込んだであろう魔物の荒い鼻息も、二人の耳には届いていた。だが。



(待て待て……大き過ぎぬか?!)


 薄暮の中、ダズナルフは目を剥く。十数歩先で息づく件の魔物の体高と全長は、軽く見積もっても一般的な牛舎ほどあった。


(あれは眷属などではない、立派な竜よ!あれをわしとお前の二人でか?!)


 血相を変えるダズナルフに、ザラーネフも小声で食い下がる。


(今更何を言っておるのです、大叔父殿!豪快に笑い飛ばしていた少し前の余裕はどこへ散ってしまわれたのです?!)

(いやその、わしが知っておるバジリスクとはあまりに違い過ぎるぞ!バジリスクとはこう、大きくても馬程度…の……)


 無数の枯れ木が、派手な音を立てて折れた。

 顔を見合わせていた二人がゆっくりと首を回した先、その牛舎ほどの巨影が、くぐもった音で喉を鳴らしながら近づいてくる。


「…大叔父殿が騒ぎ立てたばかりに、気付かれてしまったではないですか」


 ザラーネフが大袈裟に溜息を吐けば、ダズナルフもまた負けじと肩をすくめる。


「何をとぼけた事を…わしの前に声を荒げたのはお前ではないか」


 木々の折れる速度が増し、足元から伝わる振動も強くなる。夕食の当てに気付いたバジリスクが接近しているのは、もはや疑いようもなかった。

 諦めた様に頭を強く振ると、ダズナルフは腰を低く落とし、大きく息を吐く。


「まぁ…原因はどうあれ、見つかってしまった以上、正面からやり合うしかなかろうて」

「仕方がありませんな」


 短く応じたザラーネフもまた、息を殺して荷袋を構える。視線だけは決して上げず、二人は迫る足音と気配に全神経を注ぎ、魔物が現れる瞬間を待った。



 やがて大きな咆哮と共に、生暖かい吐息が、ぶわりと二人に吹き付けられる。猛将を呑み込まんと、バジリスクの開かれた巨大な顎が迫っていた。


「大叔父殿…始めます!」


 ザラーネフが空へと放った兜が、燦然と七色に輝く。夕闇を引き裂いた突然の光に、咆哮は一転、甲高い悲鳴へと変わった。


「良うやった!」


 のたうち回るバジリスクを、ダズナルフは既にしていた。二人を石にするはずの魔物の双眸は、眩しさにくらんできつく閉じられている。


「ふぅぅん!」


 ダズナルフの隆々と膨らんだ腕が、頭上で振り回していた外套を放り投げた。くるまれていたゴーツ鋼のじゃが芋が風を切り、閉じられていたバジリスクの瞼を貫く。

 痛みに身をよじらせ、大きく鳴いたバジリスクは、闇雲に毒の滴る爪を振り下ろした。だが。


「せぇい!」


 気合一閃、剣を模した花器でザラーネフが爪を弾き飛ばす。見事な一撃を横目に、ダズナルフは思わず顔を綻ばせた。


「流石はわしの甥!花器でいなすなど、そうは出来ぬ芸当よ!」

「大叔父殿こそ、鮮やかな投擲!柄にもなく感動しておりますぞ!」

「よし、一気に畳みかけるぞ!奴に猶予を与えてはならん!」



 二人の猛将による討伐は、こうして気が抜けるほどあっけなく達成された。

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