図らずも二人旅

 そう遠くないフクロウの声を耳にしながら、ザラーネフは寝返りを打つ。


 夏の只中と言えども、夜更けの、しかも北の剣俊ウィラーダ山脈の裾野にほど近い森での野営である。天幕の隙間から入り込み、ひやりと顔を撫でる夜風には肌寒さを覚えてしまう。



「…大叔父殿」

「なんじゃ」


 こちらに背を向けて横になっているダズナルフに向け、わずかに躊躇った後、ザラーネフは言いにくそうに口を開いた。


「…その…背負い袋、もう少し遠ざけてはいただけませんか。そちらに目を向けてしまうと、どうしても光が目に入ってしまうもので」

「……済まぬ」


 大人しく応じたダズナルフは、横になったまま、背負い袋を足で天幕の外へと追いやった。

 七色に輝く袋の中には、発光する兜を始めとするダズナルフ自慢の収集品が、ぎっしりと詰め込まれていた。




 話は五日前、アーレヴィーによる大査定にまで遡る。



「我らにもう一度だけ、挽回の機会をいただけませんか」


 生まれたての小鹿の様に足を震わせながら、それでも食い下がったザラーネフを一瞥すると、アーレヴィーの口元がわずかに動く。


「具体的には」

「この所蔵庫にある品のみを用いて、大叔母様の課題に応えてみせます」

「課題とは何を指すのです」


 アーレヴィーの冷酷な視線に晒されるザラーネフだが、その視線はかつてない熱を帯びている。


「野盗に魔物といった当領の厄介事をまとめた帳簿が、俺の机にあります。大叔母様には、その中からひとつをお選びいただき、課題とさせていただきます。

 …そして、俺と大叔父殿の二人で課題を完遂した暁には、…どうか、この収集品が有用であったとお認めになっていただきたい」

「おぉ、ザラーネフ…我が自慢の甥よ…」


 傍らでじわりと涙ぐむ老将に目をやると、ザラーネフは口角を上げてみせた。その眼差しには、確かな自信が漲っている。



 北限の大国デルヴァンの、名実共に頂点に君臨するたった十人の将軍、それがデルヴァン十将だ。

 そのうちの二人が共に在るのだから、どんな難題だろうと、どれほどの困難だろうと、必ずや乗り越え、成し遂げられるはず――。



「そういう話になるかと思い、既に帳簿には目を通してあります」


 放たれたアーレヴィーの一言に、ザラーネフの余裕の笑みが凍り付いた。


「既に……目を……?」

「あなた方に行って貰うのは『赤目』の討伐」

「赤目ですと?!」

「出来ぬと言うのなら致し方ありません。今この場で商人を呼びつけ、全て買い取らせるまでです」


 大叔母のしたたかな先回りに、ザラーネフは大きく肩を落とす。大見得を切ったばかりに一転して切羽詰まった現状、既に退路は断たれてしまっていた。




「…結局、大叔母様には全てお見通しだったのです。俺の提案など滑稽で仕方なかったに違いありません。なんという痴態…穴でも掘って隠れてしまいたい…」

 

 翌朝、日の出と共に馬を闊歩させるザラーネフに、ダズナルフも馬首を並べる。


「まぁそう気を落とすでない、ザラーネフ。あれの勘の鋭さと判断は、時として悪魔じみた異能を見せる。共に過ごすわしでさえ日夜舌を巻いておるのだ、たまにしか会わぬお前が先を読まれた程度、どうという事でもないわい」

「…申し訳ありません…」


 それでも俯く甥を少しでも元気づけようと、ダズナルフは努めて明るい語調でのたまう。


「それにしても良い天気じゃ。殊更短いとは言え、やはり夏は格別よ。これで行く先に魔物が待ち受けておらなんだら、申し分ないのだがの」

「…その魔物が問題なのですよ、大叔父殿…」



 ザラーネフが浮かない顔をするのも無理はない。


 二人がアーレヴィーによって討伐を命じられた「赤目」は、大型のバジリスクに付けられた二つ名だった。

 八本の脚で俊敏に這い回り、鋭利な牙と爪に猛毒を持つ竜の親戚は、目を合わせた生物を瞬時に石に変えてしまう恐ろしい力を持っている。

 本来であれば、竜の眷属に与えられた双眸の色は金色である。だが、眼窩の傍に受けた矢傷が元で、かの個体の右眼は赤く染まったままだった。

 この事実は、「赤目」が幾度となく討伐を退けてきた証左でもあり、この魔物が間違いなく強者である事を意味してもいる。だが。



「流石はわしの妻と言わざるを得ぬわい。数多の中から、良くぞこれほど険しく厳しい討伐を見定めたものよ」


 ダズナルフは自慢げに胸を張り、豪快に笑い飛ばしている。

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