断罪する者、される者

「先ずはこちらです」


 奥から駆けてきたザラーネフは、叔父自慢の所蔵品のひとつを査定人大叔母の前へと差し出した。

 幾重にも細かい装飾が施された鞘、重厚な作りの鍔と柄。その長さから、両手剣の類の様に見える。

 だが、アーレヴィーの冷たい視線がザラーネフを貫いた。


「管理の帳簿は先ほど閲覧済みです。記憶が確かならば、剣や武器の掛け棚は七十番から先だったはずですが」

「…既にそこまでご存知でしたか」


 うなだれたまま、ザラーネフは静かに鞘を外した。そこにはあるべきはずの剣身がない。更に、柄の中は空洞になっている。


「……これは一輪挿しの花器なのだそうです。鞘の魔力で、決して枯れる事がないとかどうとか」

「八十八番、右から三つ目」

「くっ…我ながら、引きが悪過ぎる…!」



 小声で悪態をつきながら奥へと消えたザラーネフと入れ替わり、現れたダズナルフが手にしていたのは、じゃが芋だった。

 これまで一切表情を変えなかったアーレヴィーの片眉が、ぐいと上がる。


「あなた」

「いいや、違うぞ!誓ってわしはふざけてなどおらん!」


 慌てふためきながらも、ダズナルフは必死に弁明する。


「これは古代王国時代にゴーツ鋼で作られた逸品での、じゃが芋に瓜二つの魔法生物なんじゃ。今は魔力が枯渇しとるから芋にしか見えんが、きちんと魔力を行き渡らせれば、羽根を広げて空を飛ぶと……聞いた」

「実際に飛ぶのを見た事はないのですね」


 二つ名が示す冷えた棘の様な空気が、猛将を頭上から刺し貫く。深い溜息を吐くと、ダズナルフは呻いた。


「…うんむ」

「六番の上段」

「六番?!いかん、一桁台はいかんぞ……!」


 頭を抱えながらダズナルフが奔走していく。



 ややあった後、ザラーネフが肩に掛けた何かをずるずると引きずりながら戻った。


「八十八番、右から三つ目の武具がこちらです」

「それは」

「……この世でもっとも……柔らかい長槍…だそうです」

「九十三番、左から二番目」

「大叔父殿、恨みますぞぉ!」


 再び駆け出した甥を静かに目で追っていたアーレヴィーだったが、駆け戻らんとする夫を遠間に認めると、平坦な語調で宣告した。


「そこまでで結構。三番、一番下」

「せ、説明ぐらいさせてくれぬものか……」


 七色に発光する兜を被ったダズナルフは、妻の前へと戻る事さえ許されずに、肩を落として踵を返す。


 アーレヴィーの冷酷で無慈悲な査定は、こうして二時間以上も続けられた。




「見事です」


 汗だくのダズナルフとザラーネフを前に、アーレヴィーは先ずのたまった。勿論、言葉とは裏腹に、その顔には何の感情もない。


「見分した限り、どれもこれもが、いついかなる時にも役立たぬ代物。何十年もかけて、良くぞこれほど収集したものです」

「そうじゃろう、そうじゃろう。小遣いをはたいてひとつひとつ…苦労したものよ」

「大叔父殿!あれは皮肉です、これっぽっちも褒められていませんぞ!」


 どう聞き違えたのか、厚い胸板を張ったダズナルフを、傍らのザラーネフが小声で諫める。


 二人をよそに「さて」と切り出したアーレヴィーは、鋭い視線を夫に投げかけた。


「不要と分かったからには処分しなければなりません。あなた自らが、日取りや手筈をお決めになって下さい」

「し……処分……」

「当然でしょう、これらが有用であると示せなかったのですから」


 言葉を失うダズナルフに向け、アーレヴィーは淡々と言葉を重ねていく。


「いつまでも甥の優しさに甘えて、これほどの数を預けておくわけにはいきません。かと言って、我が城には遊ばせておける様な倉庫もありません。処分以外に何か良い方法があるのなら窺いますが」


 決して短くない、重苦しい沈黙が、口を噤んだアーレヴィーによって訪れる。ダズナルフは何度もちらちらと視線を上げてみるが、彼女の表情には一切の赦しも見られない。

 断続的に深い溜息を吐く事七回。遂に観念したダズナルフが、うなだれながら口を開きかけたその時。

 

「これらが有用だと示せば良いのですよね、大叔母様」


 凛としたザラーネフの声が、収集庫に響き渡る。


「先ほどからそう話しています」

「でしたら」


 表情を変えず、首だけをスッと回したアーレヴィーに向けて、ザラーネフは毅然と続けた。


「我らにもう一度だけ、挽回の機会をいただけませんか」


 言うまでもなく、彼の膝は笑っていたが。

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