出自と昼食

 世界と隔絶した存在であるエルフは、現在およそ八割がグリーグレアン自治領の森に存在している。

 残りのニ割は、西大陸に点在する他の森で暮らしているか、森を抜けて人間社会に紛れているかのどちらかに大別される。



 閉鎖的な種族であるエルフは、数百年前に人間との関わりを絶って以来、一生をグリーグレアンの深い森の中で過ごす。これが、彼らにとってはごく当たり前の生き方だった。

 だが、中にはこの一生を窮屈と感じる者もいる。或いは罪に手を染めた者、何らかの理由で森では暮らせなくなった者も。

 理由は何であれ、グリーグレアンを抜けるエルフ達は、わずかにではあるが存在した。


 森を抜けたエルフを、誇り高いグリーグレアンは決して赦さない。独自の倫理に基づいて出奔者を裁く審問会が設けられ、容赦ない粛正は連綿と続けられた。


 一方の人間にも、彼等を暖かく迎え入れる者は少ない。長命であるが故に、自分達とは全く違う思想や価値観を持つエルフは、多くの人間にとって近寄り難く、理解の及ばない種族である。


 高く大きな壁を隔てた人間とエルフ。その合の子であるハーフエルフは、どちらに言わせても忌み子。およそ歓迎される事のない存在だった。




「いや、初めて会ったなぁと思ってね」

「そりゃどうも。良かったね、珍しいものが見れて」


 呑気な口調のギャラルを、ハーフエルフの女は強く睨み付けたまま続ける。


「ほら、無駄口叩いてないで、どこへなりとも連れて行ったら?」

「その前に、まず財布を返して貰える?」


 要求に応じて投げられた財布を受け取ると、ギャラルはニコリと笑う。


「ありがとう、助かったよ」

「財布をすった本人に感謝もないもんでしょ」

「…確かに、それもそうか。じゃあ、」


 観念した様に視線を落とすハーフエルフに、ギャラルは笑顔のまま続けた。


「さっきあった露店のどれかで昼御飯にしたいんだ。ちょっと付き合って貰えないかな。えーっと…名前は?」

「…は?」


 目を丸くするハーフエルフに、ギャラルは全く同じ声音で繰り返す。


「いや、名前を教えてよ。呼ぶ時困るでしょ」

「…イーラ」

「よし、じゃあ行こうかイーラ」


 くるりと踵を返したギャラルは、呆然とするイーラをよそに歩き始めた。



「あんたさ、」

「ギャラル。僕の名はギャラルだよ」

「じゃあさ…ギャラル、あんたいかれてんの?」


 道端に並べられたテーブルで、クレープ片手にイーラが言うと、ギャラルは短く笑い声を上げた。


「いかれてる…随分な言い種だね」

「だってそうでしょ?自分の財布をすったヤツと飯を食おうだなんて、いかれてるとしか思えない」


 かじりついたクレープから伸びたチーズに悪戦苦闘しながら、イーラは確かめる様にギャラルを見やる。


「これって何なの?慈悲のつもり?あたし、哀れまれてるの?」

「そうだったら?」

「胸糞悪いったらないよ、当たり前でしょ」


 刺々しく言い放ったイーラを前に、ギャラルは少しだけ口角を上げる。


「哀れんでなんていないよ。…凄く突き放した言い方をするなら、イーラがどう生きようと僕には関係ないからね」

「…あんたも大概な物言いするね」

「そうかなぁ」


 充分にバターが溶けるのを待って、ギャラルはトウモロコシにかじりついた。「熱っ」と声を上げ、傍らの紅茶を口にする。


「イーラがハーフエルフだから声をかけたんじゃないし、…きっと複雑だろう身の上を案じて、哀れんでもいない。久々の休日に独りで昼御飯は味気ない…ただそれだけの話だよ」

「ますます変なヤツだね、ギャラルって」


 小さく肩を竦めたイーラだったが、その表情からは険しさが消えている。


「ギャラル、仕事は?何してるの?」

「調査員。毎日、地味にコツコツやってるよ」


 トウモロコシを綺麗に食べ進めながら、ギャラルもまたイーラを見やった。


「イーラはずっとスリを生業にしてるわけじゃないよね?」

「どうしてそう思うの?」

「身なりが割と整ってるし、」


 そう言ったギャラルの口角が悪戯っぽく上がる。


「下手だったからね、財布取るの」

「なんか腹立つなぁー…」


 わざとらしく腕を組んだイーラは、一度頬を膨らませた後、声を上げて笑った。

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