静寂の中で
「はいぃっ!!」
凛とした返答が殆ど反射的に、背筋を伸ばしたザラーネフの口から放たれた。じいっと視線を絡めながら、アーレヴィーはわずかに口を動かす。
「夫の言う通り、息災で何よりです」
「お、お、大叔母様におかれましても、顔色も良く」
「して」
甥の上ずった挨拶の終わりを待たず、大叔母は続けた。
「夫からどの様に聞いているのです」
大叔母様…やはり見抜かれておいでだったか…!
アーレヴィーの一言に驚くと同時に、ザラーネフは納得もしていた。十将に名を連ねていた当時から、彼女の鋭い洞察力は有名だったと聞いた覚えがある。
対する夫ダズナルフは、生まれ持った実直さと明朗な性格も相まって、隠し事に向かない性分なのは間違いない。
日常での受け答えや所作のわずかな違和感を見抜かれてしまっていただろう事は、容易に想像がつく。
…ここは、覚悟を決めなければならんか…。
『大叔父殿から、野盗や山賊のねぐらから回収した物品を預かって欲しいと頼まれていたのです。聞けば、
『うむ、その通りよ。処分するまでは、こうして定期的にコルベーリを訪れなければならんが…お陰でほれ、この様に甥の顔も見れるしの。多少面倒じゃが、悪い話ではなかろう?』
予め用意していた会話をもう一度頭でなぞりながら、ザラーネフは口を開きかけた。だが、肝心の言葉が何故か喉で詰まる。
数多の戦場を潜り抜け、その度に研ぎ澄まされてきた鋭敏な勘。これまでザラーネフを何度も救ったそれが、ザラーネフに返答を拒ませていた。
…そうだ、待て。大叔母様は、先程なんと仰られた…?
『夫からどの様に聞いているのです』
ザラーネフの背を冷たい汗が流れ落ちる。
大叔母様の投げかけはあくまで抽象的。大叔父殿の収集については何ひとつ言及していない。
つまり、大叔母様は全容を掴んではいないのだ。緊張と焦りから俺が口を滑らせ、自白してしまうその瞬間を待っていたに違いない…!
なんという恐ろしいお方だ…俺は泳がされていたのだ!
アーレヴィーの真意に少なからず戦慄を覚えながらも、ザラーネフは改めて意を決した。
見抜かれていないのなら、ここは――。
「……どの様に…とは、何の話でしょう」
ぎこちなく微笑みながら、それでも白を切るザラーネフの横顔に、ダズナルフは感激を揺蕩えた眼差しを向けた。
叔父と甥の間に育まれた確かな絆と揺るぎない決意。それだけが、今の窮地を救う唯一で最大の、彼ら二人の武器だった。
ザラーネフの問いかけに、アーレヴィーは当然のごとく返答しない。身じろぎひとつせず、姿勢良くソファーに鎮座していた。
時節は短い夏の盛り。開け放たれた窓からはそよ風が部屋へと迷いこみ、ジーヨと蝉の鳴く声が遠くに聞こえる。
沈黙は当然の様に続いた。上げていた口角がいよいよ引きつり始めたザラーネフだったが、敬慕する叔父を思えばと、妙な顔色のまま薄ら笑みを湛えている。
眼前の叔母には、微塵の変化も見られない。瞬きさえ、いつしているのか疑いたくなるほどである。それでいて、おごそかですらある彼女の佇まいからは、何故か目を逸らせない。
…いかな大叔母様とて、れっきとした人の子。これほどまでに動かず話さずいられるものだろうか。良く出来た彫像なのではないだろうか。
…いや、そんな馬鹿な。先ほど、俺の目の前で確かに口を開いたではないか。
しかし…この圧し潰さんとする空気は一体何だ?
聞いた覚えこそないが、実は大叔母様は何かしらの大魔法を会得されておられるのかもしれん。でなければ、この重圧の説明がつかない。
顎から冷や汗を滴らせたザラーネフの思考がいよいよ混濁してきた、その時。
事態は一気に動いた。
「…済まん。わしが内緒で集めとった魔具を預けとる」
「おおお大叔父殿?!何を口走ったか、分かっておいでですか?!何故、自ら?!」
掴まれた両肩をザラーネフにガクガクと揺さぶられ、ダズナルフは力なく笑う。
「無理じゃ…この沈黙と重さに勝てる者など、この世にはおらん。それに、わしが口を割らずとも、どのみちお前も耐えられんかった…違うかの」
「…それは…」
視線を落とし、ザラーネフが良い淀む。それは、二人が携えた武器が脆くも砕け散った瞬間だった。
敗戦の色濃い二人に、平坦なアーレヴィーの語調が容赦なく追い打ちをかける。
「事情は分かりました。所蔵庫へ案内なさい、ザラーネフ」
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