修羅場

「溜め込んだものですね」


 この数時間ですっかり老け込んだダズナルフと、そんな叔父と石畳を交互に見やっては額を押さえるザラーネフ。

 二人の案内で所蔵庫に足を踏み入れたアーレヴィーは、内部をじろりと一瞥した後、静かに言い放った。


 無骨な設えの庫内には幾つもの棚が設置され、数多くの物品が所狭しと並べられている。


「全部で何点あるのです」

「……ひ…百二十八……です」

「ひゃくにじゅうはち」


 へばりついた喉からザラーネフが答えを絞り出すと、アーレヴィーは耳にした数字だけを、凛とした声で繰り返した。


「何年がかりなのです」

「……十将を拝命して二年後に最初のひとつを買うたからの…、四十年以上は」

「よんじゅうねんいじょう」


 スズムシほどのか細い小声で応じたダズナルフに対し、アーレヴィーの良く通る声は庫内に再び響く。


「お……大叔母殿、どうかもうそのへんで!このままでは大叔父殿が消えてなくなってしまいます!」

「人が消えてなくなるなどあり得ません」


 時が経つにつれ、茹でた青菜の様にしおしおとするダズナルフ。眼前の公開処刑に居ても立ってもいられず、割って入ったザラーネフだったが、決死の甥をアーレヴィーはぴしゃりと跳ねのける。


「刀剣、宝珠、パイプに骨董…殿方という生き物が、皆、多かれ少なかれ収集を好む傾向にあるのは、私とて充分に承知しているつもりです。身近なところでは九席のビレフ将軍も、畑仕事好きが高じて農具を集めておられるとか」

「そうか…叔父貴殿も…」


 少なからず胸を熱くするザラーネフの傍ら、ダズナルフは血相を変え半歩踏み出す。


「そ、その……ビレフの農具は今、どうなっとる?!」

「どうも何も、それだけです」


 短く応じたアーレヴィーは、冷たい双眸を改めてダズナルフへと向け直した。


「有用であるのなら、何をどれほど集めても結構。ビレフ殿の奥方がそうである様に、世の妻の多くは、収集という趣味に概ね寛大です。自らの自由になる金で収集している分には、口を差し挟む余地もありません」

「…それでは…」

「…あ…アーレヴィー…」


 思わず呆然とするザラーネフ、目に涙を溜めるダズナルフ。どちらからともなく手を取り合い、感極まる叔父と甥に、確かに射したはずの一筋の光明は、アーレヴィーの冷徹な宣告を前に一転した。


「ですから証明なさい、二人共。この魔具達が有用であると」




「方法は単純です」


 壁際に並ぶ骨董めいた椅子のひとつに、アーレヴィーが静かに腰を下ろす。


『七、八歳のオーク』

「…今のは」

「その…お前が座っとる椅子はの、座った者の体重を、…同等の重さの魔物で宣告するという、まぁ少しばかり変わった」


 狼狽する夫を冷たい視線で瞬時に黙らせたアーレヴィーは、何事もなかったかの様に続ける。


「見たところ、棚には管理に用いる番号が振ってある様子。私が適当に口にした数字の棚にあった魔具を持ち寄り、いかにそれが有用なものであるかを説明なさい」


「…もういっそ処分して貰った方が良い気さえしますが」

「ザラーネフ、なんという事を!わしがこれらを集めるのにどれほど苦労したか、分かっておらぬお前ではあるまい?!」

「ですが…大叔父殿の魔具は全て一度、預かり置く前に俺の眼でも確認しています。こう言っては何ですが、単なるがらくたとしか思えぬ様な品も」

「三十五番の中段」


 小声でやり合うダズナルフとザラーネフをよそに、無慈悲なアーレヴィーの宣告が響き渡る。


「か、かしこまりましたぁっ!」

「ちょっと待っておれ、すぐ持ってくる!」

「あなたは七番の上段です」


 甥に続いて駆け出そうとしたダズナルフの背を、アーレヴィーの静かで冷たい語調がひやりとさする。


「何の為に二人いるのです。一人がひとつずつ魔具をお持ちになれば、査定がより早く進むとは思いませんか」

「そ…それもそうじゃの、流石は自慢の賢妻よ」


 振り返ったダズナルフ渾身の作り笑いを、アーレヴィーは無表情のまま、穴が開くほど見つめている。


「口は動かさずとも結構」

「うん、そうよな、わしもそう思っとった!」


 慌ただしく遠ざかっていく夫の姿にも、冷棘の貴婦人は眉ひとつ動かさなかった。

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