教官の真相
小麦の刈り取りが終わりを迎える晩夏の頃合い。兵学校の日々は変わる事なく学びと研鑽の中、続いていた。
もっとも、付随する面倒事もいくらかは伴う。
「これまでの生徒の中にも、手の付けられない跳ね返りや悪童がいたと聞いている。お前はそうした連中とは少し毛色が違うが、問題児という点に於いては同じだ」
深い皺を眉間に寄せ、ゴルダは縄を手に廊下を歩いている。言うまでもなく、その先には捕縛されたラインズが、両手を繋がれて連行されていた。
「手法は豊富、且つ独創的。悪戯に費やすその情熱を、どうして講義に充てられんのだろうな…いささか理解に苦しむ。…が、」
角を曲がったところで、ゴルダはその足を止めた。彼にあてがわれた指導官室の前に、四人の人影がある。
その中の一人、ウィルヴが一歩前に進み出た。
「教官、お疲れのところ申し訳ありません。少しの時間で構いません、俺達の話を聞いていただけませんか」
「…なるほど。お前にしてはやや杜撰な悪戯だったのは、こういう事か」
「っつうか、そこそこ評価してくれてるんですね、俺の腕前」
ゴルダから冷徹な視線を向けられたラインズは、それでも不敵に口角を上げた。
「話とは何だ」
殺風景な教官室の机に着くや、開口一番、ゴルダは本題に入る。無駄と隙のない挙動に、アレリオスは苦笑いを禁じ得ない。
「早速ですか…ま、その方が手っ取り早くはありますが」
「教官殿も何かとお忙しい身。前置きなどなく、話させていただきます」
ソファーの中央、ウィルヴが他の四人を代表して口を開いた。
自身の机に着くゴルダは、まるでこれから語られる事が何なのかを知っているかの如く、黙したままでいる。
「厳格な人格者であり、武勇と知略、双方に秀でた傑物…これまでの講義や訓練を経た上で、教官殿の異才は我ら生徒一同、身を以て知っています。
だからこそ、どうしても疑問が浮かんでくる。貴方ほどの方が、どうして兵学校に、そして今、着任したのか」
「聞くところによれば、陸軍では歩兵部隊の小隊長を担っていたとの事。これが先ず怪しいんです。貴方ほどの逸材をただの将校止まりにさせておくなど、ちょっと考えられません」
隣に深く座ったアレリオスは、ゴルダの険しい表情を伺う様に言葉を紡ぐ。
「ご存知の通り、俺は軍部に
「…君の御父上は、スロデア海軍コルデッド総督だったな」
「使えるものは何でも使うのが俺の信条なんです」
ニコリと笑ったアレリオスに次いで、壁にもたれたレジアナが口を開いた。
「アスーノーン駐屯地国境警備隊、総部隊長。それが貴方の本当の所属です。
かつては侵略国だったデルヴァン王国との境、しかも赤竜レギアーリの目撃が頻繁にある、北の要衝の最高位…教官殿にはふさわしい役職です。
となると、ここで更に疑問が深まります。そんな大役を放り出してまで、この兵学校に着任する理由…やはりここです」
「…調べたのだろう」
短く問うたゴルダに、レジアナはわずかに微笑む。
「えぇ、勿論。結論から申し上げると、教官殿は転属していません。一時的に、この兵学校に教官として着任しているんです。その証拠に、アスーノーンでは『総部隊長は特務に就かれた』と」
「行ってきたのか」
「週に一度の休暇、大切に使わせていただきました」
「何にせよ、教官殿が単なる師として俺達の前に現われたわけではない事は、これで分かりました」
「ですが、ここからが難しかったんです」
そう繋いだウィルヴの後、ギャラルが眉間に小皺を寄せる。
「レジアナの話にもあったように、教官殿がアスーノーンからいなくなった理由は特務。真相は誰に聞いても分かりませんでした。
…或いは知っている方もいたのかもしれませんが、兵学校の子供にそんな話をする大人はいませんよね、流石の陸軍でも」
「…それで」
「アスーノーンからの情報収集は一旦諦めて、僕は他の教官方に狙いを絞りました」
そこまで話した時、ゴルダの目つきが一層険しさを増した。その意味を即座に汲んだギャラルは、慌てて首を振る。
「ま、魔法は使っていませんよ?ラインズと違って、僕は校則を破る事に愉悦を感じたりはしませんから」
「おい、俺を変態みたいに」
「僕が調べていたのは、教官殿と交わされた何気ない会話…そう、世間話です。口数が決して多くないとは言え、何も話さずに職務を全うできるはずがありませんから。
教官殿の人となりや出自の足掛かりになるかもしれない、取るに足らない様な話ばかりをひたすら搔き集めました」
「…成果は」
「ギャラルと並行して、俺も動いてたんです」
ゴルダの問いを流したラインズが、待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「俺はギャラルみたいに良い子じゃないですから、色んな部屋に忍び込みましたよ。まぁそのへんのお咎めは後で食らうとして…俺が調べたのは、兵学校の金の出入りを記した帳簿と、備品管理の台帳です」
「何故その二点だ」
「昼食です」
表情を強張らせたゴルダの問いに、薄く笑ったウィルヴが答える。
「スロデアという国が直接運営する学校にしては、食事の質が悪過ぎるんです。多くの先輩にも話を伺いましたが、誰も彼も同じ意見でした。
かと言って、運営状況がひっ迫している様な話は聞いた事がありません。優秀な人材を排出している以上、実績は充分。資金は潤沢なはずなんです」
「それなのに、食事はお世辞にも良いとは言えない。更にですよ、台帳に記された木剣や教材といった備品が、購入したとされる数と殆ど合わないんです。台帳よりも明らかに少ない」
ゴルダの険しい顔に、思い悩む様な、これまでとは違う感情が滲み出る。そのわずかな変化を、ウィルヴは見逃さなかった。
「つまり…兵学校の誰か、或いは関与している上層部の何者かが、本来なら食事や教材に回すべき資金の一部を懐に入れている…横領の疑いがあります。教官殿は、この疑惑の真相を突き止める為に着任したんです」
「そして、」
ギャラルの真っ直ぐな眼差しが、ゴルダを捉える。
「貴方をここに送り込んだのは、同郷の大先輩で出世頭…政務大臣の首席補佐官、ニィズラール様ですよね」
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