第6話 カラオケの午後(蒼)



蛍原ほとはら、俺と付き合ってくれない?」


仲間なかま、お前……嘘でもそういうこと言うなよ)


 みるみる青ざめてゆくあおいに、優斗ゆうとは笑いをかみ殺していた。


「あー、やっぱり山路やまじ蛍原ほとはらも選べないなぁ」


 最初から気に入らない人間だった。


 あおい芽衣めいの間に勝手に割り込んできた優斗は、まるで初めからそこにいたような顔で笑った。


(人のことバカにしやがって)


 芽衣以外と喋る気もなかった蒼は、わざと壁を作って友達もろくに作ってこなかったのだが、優斗はその壁をかるがると乗り越えてやってきた。


 コミュニケーション能力の化け物が、どうして蒼に絡んでくるのか、理解不能だった。




「——芽衣」


「どうしたの? 蒼」


「大丈夫か?」

 

 優斗が公開告白をした噂は隣のクラスにまで聞こえてきた。心配になった蒼は芽衣のクラスにやってくるが、芽衣は不思議そうな顔をしていた。


「何が?」


「あれから、変な目で見られるようになっただろ?」


「ああ、仲間くんに告白されたこと?」


 芽衣はおかしそうに笑う。おそらく、優斗の発言を冗談だと思っているのだろう。


 だが、たとえ冗談でも、優斗に告白されるなんて蒼は許せなかった。


「蒼こそ、大丈夫?」


 優斗が始めた茶番のせいで、確かに蒼もクラスメイトから変な目で見られることはあった。


 だが、もともと他人に興味がない蒼は、噂の的になるくらいどうということはなく。


 ただ——。


「下駄箱に、たくさんラブレター入ってたよね」


「……」


 優斗に告白されてからというもの、男からの告白が急増した。


 告白の一件以来、何を勘違いしたのか、優斗の真似をして当たって砕けに来る輩がいるのだ。


「蒼、モテモテだね」


「芽衣以外いらない」


「え?」


「それより芽衣、今日は二人で——」


「あ、見つけた」


 蒼が言いかけた時、教室の隅にいる芽衣や蒼の元に、優斗が何食わぬ顔でやってくる。


「げ、見つかった」


「仲間くん」


 優斗が来た途端、明るくなる芽衣の声に、蒼は心底むかついた。


 だが、いつの間にかこの三人組でいることにも違和感がなくなっていることに気づく。


 それも優斗のコミュニケーション能力のせいだろう。


「お前……ほんとにムカつく」


「なんだよ、会って早々。熱烈な愛情表現だな」


 思わず嫌悪を口にする蒼に、優斗はへらへらと笑って告げる。


 どんな言葉も流してしまえるのが不思議だった。


「そういうところがイヤなんだよ」


(たまには二人にしてくれ……)


「ねぇ、今日は何する?」


 優斗のおかげで、前よりも伸び伸びと話すようになった芽衣。


 嬉しい反面、それが優斗のおかげだとは、考えたくもなかった。


 そんな風に思う蒼をよそに、優斗は提案する。


「今日は帰りに寄り道でもする? カラオケとか」


 だが、芽衣は肩を竦めて言った。


「私、あまり歌が上手じゃないんだよね」


「別に上手に歌う必要ないんじゃない? 楽しければいいだろ」


「じゃあ、行ってみようかな」


(俺が誘ったら、いつも断るくせに)


 やさぐれる蒼とは裏腹に、芽衣や優斗は楽しそうだった。


仲間なかまくんはどんな歌うたうの?」


「俺? 俺はかまぼこ連合かな。濃厚ツクダニ節もいいよね」


「仲間くん、ほんとにイカのゲーム好きだね」


「それで、蛍原ほとはらは何歌うんだ?」


「知らない」


 断じて話すものかと腕を組む蒼の傍ら、芽衣が説明する。


「蒼はね、BTNの歌が好きなんだよ」


「ちょっと、言うなよ」


「蒼は高い声がキレイなんだよ。小学校の時、合唱部だったし」


「だから、なんで言うんだよ」


「だって、自慢したくなるじゃない? 私の幼馴染はすごいんだから」


「……」


「あ、照れてる」 


「そっか。俺も蛍原の歌聞きたいな」


「俺は歌わないからな!」


 それから蒼は、結局流されるままにカラオケ店に連れて行かれ——気づけば、派手な照明の下、オレンジジュースをすすっていた。


「……蒼、本当に歌わないの?」


「こいつの前では歌いたくない」


「なんでだよ。恥ずかしがり屋だな」


「うるさい。お前たちが歌えばいいだろ。歌うまいんだから」


 うるさいと言いながらも、優斗の歌のうまさを認めた蒼は、帰ることもせず、聞くに徹していた。


 だがそんな蒼を見て、何かを思い立ったように芽衣が優斗に声をかける。


「ねぇ、仲間くん。ちょっといいかな?」


「どうした?」


「あのね……」


 目の前で内緒話をされて、蒼は良い気分ではなかった。


(なんでそんなにくっつくんだよ)


 すると、優斗に何かを話していた芽衣は、突然立ち上がる。


「私、ちょっとトイレ行こうかな」


「俺も」


「え?」


 続けて優斗も立ち上がると、さっさと部屋を出ていった。


 残された蒼は、誰もいない部屋で、テレビ画面を睨みつける。


「あいつら、遅いな……」


 蒼はなにげなくリモコンを手にすると、優斗が歌っていた歌を入力した。


 蒼も本当はかまぼこ連合が好きだった。だが、優斗が好きだと言っていたので、言うに言えかった。好みが同じなどと、口が裂けても言いたくなかった。


 そんな風に何気なく歌い始める蒼だったが——その傍らには、蒼には見えないよう、廊下から部屋を覗き込む芽衣や優斗の姿があった。


『ほら、言った通りでしょ?』


『ああ、蒼が歌ってる』


『一人になれば歌うと思った』


『山路は蛍原のことよくわかってるね』


『うん。だって、ずっと一緒だし』


『蛍原って歌うまいよな』


『だね』


 何かが聞こえることに気づいた蒼は歌いながら振り返る。


 するとそこにはガラス戸ごしに部屋をのぞきこむ芽衣と優斗の姿があった。


「あ、見つかっちゃった」


 蒼は慌てて曲の画面を消すが、優斗が同じ曲をもう一度リモコンに入力した。


「どうせなら、一緒に歌おう」


「なんで俺が」


「蛍原、歌うまいからいいよな」


「……別に、うまくなんか」


「蒼は歌うまいよね!」


「一曲だけだからな」 


 芽衣に褒められて気分が良くなった蒼は、その後十曲ほど歌った。




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