第36話 櫻総馬の足跡3(過去編)

 

 天久あまひさ透子とうこ仲間なかま優斗ゆうとの関係を知ったさくら総馬そうまは、翌朝、さっそく透子の元に足を運んだ。


(……こんなこと、許されるはずがない)


 優斗の友達として、総馬はなんとしても透子を止めたかった。


 だが、透子は思った以上に手強かった。


「あなた、今……なんて言ったの?」


 透子を屋上に呼び出した総馬は、空き教室で見たことを告げた。


 それでも透子は顔色ひとつ変えなかった。


「先生が何をしたっていうの?」


「先生、しらを切るの? 俺はこの目で見たのに」


「証拠は?」


「え?」


「証拠もないのに……優斗くんと先生をはずかしめようなんて、ひどい子ね」


「でも、俺は見たんだ」


「だったら、証拠を出しなさいよ。けど、あなたに知られたと知って一番傷つくのは誰かしらね」


「……え」


 透子に指摘されて総馬は青ざめる。 


 透子を止めることばかり考えて、優斗の気持ちを考えていなかったことに気づく。


 優斗と透子の関係を総馬が知ったとすれば、誰よりも優斗が傷つくのは間違いないだろう。


(だからあの場に乱入することができなかったんだ)


 優斗と透子の関係を証拠におさめるなんて、できるはずもなかった。


「わかったなら、もう行くわよ」


 総馬は悔しい気持ちを引きずりながらも、その場を静かに去った。


 だが透子はこれだけでは終わらせなかった。




「なんだよ……これ」


 翌朝、総馬は登校するなり、掲示板を見て大きく見開く。


 そこには、総馬が喫煙で指導される旨が書かれていた。


「総馬……どうして、お前……タバコなんか」


 あとから登校した優斗が、掲示板の前で呆然とする総馬のもとに駆け寄ってくる。


「違うんだ……これは」


 だが総馬は、天久透子に嵌められた——そう言いたいところをぐっと飲み込んだ。


 言えるはずもなかった。


 事情を言えば、全てを言わないといけなくなる。その全てには、優斗のことも含まれているため——言えなかった。


「ああ、ちょっとムシャクシャして、吸ってみたくなったんだよ」


「お前、そんなやつじゃなかったのに」


「わかっただろ? 俺はそういうやつなんだ」


「総馬!」


「わかったなら、もう俺には近づくな」


 総馬はあえて優斗を突き放すことにした。


 でなければ、透子が優斗にこれ以上何をするかわからないからだ。


 そして総馬は決めた。


 透子の本性を暴き、白日の下に晒すことを。




 ————そしてその翌日、総馬は職員室に忍び込んだ。


 目的は透子のデスクだった。


 透子がどんな人間かを調べるために、総馬はまず透子の机まわりを調べた。


 その時は職員会議を別室でやると聞いていたため、職員室は無人状態であり。


 おかげで透子のデスクを探るのは容易だった——が。

 

「なんだよ……これ」 


 透子のゴミ箱から見つけたのは、総馬の『遺書』だった。


 どうやって作ったのか、見たことのある文字でびっしりと書かれた、痛切なセリフの数々。


 総馬はそれが何枚もあることにゾッとして、さらにゴミ箱を漁った。


 すると、ひとつの名刺を見つけた。


「未来コンポーネント株式会社?」

 

 総馬はとりあえずその紙屑をもって職員室をあとにした。

 

「俺の遺書……どうやって作ったんだろう。俺が提供したものと言えば、喫煙の反省文くらいだけど……まさかな」


 出来損ないの遺書を握りしめ、総馬は次の日も職員室に忍び込むことを決めた。




「——ねぇ、総馬」 


「……」


 しばらく無視を決めていると、ふいに優斗が校庭で声をかけてきた。


 だが優斗の相手をする余裕もなく、総馬は刺々しい態度に出る。


「なんだよ」


「俺、何かしたかな?」


「はあ? 知らねぇよ」


「やっぱり……俺、何かしたんだよね」


「お前……あの先生と……」


「何?」


「やっぱり、いい」


 忠告しかけて、やめた。


 何か告げることで、総馬が見たことがバレたら困るのは優斗だからだ。


 だが、何を勘違いしたのか、優斗は自分から先生との話をし始めた。


「あのさ、総馬……俺、実は先生と付き合ってて……」


「は? どういうことだ?」


「先生が……総馬にだけは言っておいた方がいいからって……」


「あいつ……」


 透子は総馬に釘を差すつもりなのだろう。


 透子と優斗の関係は、どう考えても付き合うなどといった、そんな生易しいものではなかった。

 

 だが、だからといって、総馬が見たことを言うわけにもいかず、イライラは募るばかりで——総馬は、思わず声を荒げる。


「そのツラ、二度と見せんな!」


 優斗のせいじゃないのはわかっていた。だが、総馬がこれからしようとしてることに、優斗を巻き込むわけにもいかず、突き放すしかなかった。


 総馬自身がどうすればいいのかわからなかったこともあり、いつの間にか声を上げていた。


 すると、優斗は今まで見たことがないほど悲しい顔をして告げる。


「ごめん……総馬は先生のことが好きだったんだね……ごめん」


 そんなはずはなかった。だがそう思うなら、思えばいい——勘違いを逆手に取った総馬は優斗から離れる覚悟を決めた。


 いつか天久透子が悪い人間だと知らしめたあと、優斗に打ち明ければいい。その時の総馬はそう思っていた。


 だが、天久透子が次に出る行動は、総馬の予想を遥かに超えていた。


 総馬は透子の狂気を甘くみていたのだ。




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