第2話 美術部とは名ばかりの(芽衣)



 転入生の仲間なかま優斗ゆうとを美術部に案内することになった山路やまじ芽衣めいだが。


 途中、幼馴染の邪魔が入るもの、校舎の説明をしながら目的地を目指した。




「——で、なんであんたまでついてくんのよ」


 二階の廊下を歩く中、いつの間にか隣にいる蛍原ほとはらあおいに視線をやると、蒼は悪びれもせずに告げる。


「芽衣が浮気しないか見張ってんの」


「何が浮気よ。どうせ暇なんでしょ」


「芽衣お母さんが俺以外の男の世話を焼くなんて浮気だろ」


「誰がお母さんよ。ていうか、あんたなんかのお母さんになりたくないわよ」


「ママ、ひどーい」


「……仲がいいんだな」


 芽衣と蒼のやりとりを見て、微笑ましい顔をする優斗だったが、芽衣はとんでもないと手を横に振った。


「はあ? やめてよ……私は二次元にしか興味ないんだから」


「二次元にしか興味ないって自分で言ってるし」


 咄嗟に指摘した蒼を、芽衣がきつく睨みつける。


 そんな二人を見て、優斗は笑っていた。


「でも、二人の距離感が近いから」


「距離感? 物理的な?」


「そう。恋人みたいだ」


「ええ、やだ」


 距離感について言われ、芽衣が思わず離れると、蒼はそんな芽衣にわざとくっついた。


「ちょっと、何よ。離れなさいよ」


「母子の距離感はこれくらいでちょうどいいだろ」


「だからあんたの母親になった記憶はないんだけど?」


「——ねぇ、美術部ってここ?」


 ふいに、優斗が二階突き当たりの教室を指差して訊ねる。


 談笑するうち、いつの間にか美術室と書かれた部屋に辿り着いていた。


「え? あ! ごめんね。そう、ここだよ」


 芽衣が慌てて優斗のほうを向くと、優斗は部室の中を見て何かを考え込む。その視線の先には、楽しくお喋りをする女子生徒の姿があった。 


「見た感じ、女子ばっかりだな」


「本当だ。美術部のことはよく知らないけど、仲間くん一人だと入りにくい?」


「……大丈夫」


「私もついて行こうか?」


 同行を提案する芽衣に、幼馴染の蒼は怪訝な顔をする。


 あからさまに機嫌の悪い顔をしていたが、芽衣は気づいてはいなかった。


 また優斗もそんな蒼の様子には気づかず、嬉しそうに顔を輝かせて告げる。


「悪い、けど助かる」


「おい、お前……芽衣に世話をかけるなよ」


 睨みをきかせる蒼だが、芽衣は呆れた顔をする。


「あんたがそれを言うの?」


「俺はいいの」


「なんなの、ほんとに……行こう、仲間くん」


「芽衣が行くなら、俺も見に行く」


「邪魔しないで」


「ママが冷たい」


「だから、私はあんたのママになった記憶はないの!」


 芽衣と蒼がやりとりしている間にも、優斗は美術室のドアをガラガラとスライドさせる。


「あ、お邪魔します!」


 慌てて芽衣が声をかけると、美術部員らしき女子生徒が、二人ほど入口に駆けつけた。


「はい……どうしました?」


「あの、見学してもいいですか?」


 優斗が訊ねると、美術部員の女子生徒は手を合わせて声を上げた。


「やっば、すごい美形じゃん。モデルにしたーい」


「どうぞどうぞ、歓迎するよ。そっちの子たちも見学?」


「付き添いです」


 美術部員に訊かれて、芽衣は慌てて答えるもの、女子部員たちの目はあおいに向いていた。


「あなた、蒼くんじゃない?」


「あ?」


 機嫌の悪い声を出す蒼だが、そんな蒼に構わず美術部員たちはボリュームを落としてささめき合う。


『やば、イケメン二人もいるじゃん』


『でもあの女は、ちょっと邪魔じゃない?』


『あの子、噂の〝奴隷ちゃん〟でしょ?』


『え? なにそれ』


『蒼くんの言うことなんでも聞くんだって。でも付きあってないからただの奴隷』


『やだ、可哀相……クスクス』




「……全部聞こえてるんだけど」


 周りからどう見られているのか、とっくに知っていた芽衣だが、いざ近くで言われると惨めな気がした。だが、それ以上に蒼の顔色を気にした。


「——お前ら!」


「蒼、大丈夫だから!」


 案の定、今にも美術部員に噛み付きそうな蒼を見て、芽衣は慌てて止めに入った。


 以前、同じようなことを芽衣が言われた時、蒼は相手の女子を殴りかけたことがあった。それ以来、芽衣は蒼の暴走を恐れるようになっていた。


 普段はおっとりしているもの、癇癪かんしゃくを起こしやすい蒼のストッパーになるのもひと苦労である。


 だが今回気分を悪くしたのは、蒼や芽衣だけではなかった。


 女子生徒と蒼のやりとりを見た優斗が、ぽつりと告げる。


「やっぱり……俺、見学やめる」


「え?」


「技術よりも他人の悪口に花を咲かせるようなところにはいたくないから」


「……優斗くん」


「ふん、何よ」


 優斗の辛辣な言葉に、美術部員たちはすぐに離れていった。




「ごめんね、仲間くんの邪魔しちゃって」


 美術室をあとにした芽衣は、廊下を歩きながら優斗に謝罪する。


 すると、優斗は気分を害した風もなく、清々しいほどの笑みを返した。


「ううん。早々にどういう部か分かって良かった」


「仲間くん、いい人だね。——それで、これからどうするの? ほかの部活も覗いてみる?」


「うん。サボりやすそうな部活がいいな」


「なにそれ、いっそ帰宅部にしちゃえばいいのに」


「帰宅部にしたら、山路やまじがかまってくれる?」


「え?」


 意味深な優斗の言葉に、立ち止まる芽衣だが、一緒にいた蒼が目くじらを立てる。


「おい、俺の前でよくそんなことが言えるな」


「でも付き合ってないなら、いいだろ。一緒に遊ぶくらい」


「ダメだ」


「蒼……私の交友関係にまで口を出すのやめてよ」


「芽衣はすぐに騙されるから、俺が見張ってやるんだよ」


 蒼の理屈に芽衣がうんざりしていると、優斗がため息混じりに口を挟む。


「そんな風に縛りつけてたら、そのうち山路に嫌われるぞ」


「なんだと?」


「君、彼氏でもないくせに山路に依存しすぎ」


「な、仲間なかまくん?」


「君が山路やまじのことをぞんざいに扱うから、山路はさっきの美術部みたいなやつらの餌食になるんだよ」


「俺は芽衣のことをぞんざいになんか扱ってない」


「じゃあ、大事にしろよ」


「俺は……」


「山路もさ、我慢しすぎ……って、ごめん。俺、すぐ他人のことに首をツッコむのが悪い癖で……」


「ううん、ありがとう、仲間くん。仲間くんって優しいんだね」


「そんなことない。俺って言いたいことなんでも言うから、よく鬱陶しいって言われるんだ」


「確かに鬱陶しい」


「蒼」


「でも、自分の悪いところがわかった……気がする」


 さっきまで尖っていた蒼が、急にしおらしくなって、芽衣は大きく見開く。


(あのワガママ放題の蒼を納得させるなんて、仲間くん凄いかも)


「君も、根は悪くないやつなんだから、誤解されるような身の振り方をするなよ」


 優斗が素直な言葉をぶつけると、蒼はそっぽを向いてぽつりと告げる。


「……君じゃない」


「ああ、蛍原ほとはらだっけ? これからよろしく頼むわ」


 静かに頷いた蒼に、優斗は綺麗な笑みを浮かべた。







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