第3話 二人がいいのに(蒼)
幼馴染の
子供ながらに芽衣の性分を把握していた
だが成長とともに芽衣への気持ちが進化し、ついには着替えまで手伝わせるようになった。
(このままだと、ただの迷惑な幼馴染だよな)
こんな風に持て余している気持ちが、いつか爆発したらと思うと怖かった。
告白して、たとえ上手くいったとしても芽衣に嫌われてしまうかもしれない。
そんな風に臆病な自分にも呆れるが、振られても暴走するのは目に見えているので、現状から一歩も進めなかった。
だから、転入生の
他人から見れば蒼と芽衣の関係は異様だろう。
だからといって、蒼は芽衣から離れる気にはならなかった。
「——お前、なんでいるんだよ」
「なんでって、俺の家もこっちだし。一緒に帰るくらいいいだろ。ていうか、帰りも一緒だなんて、本当に恋人みたいだな」
やや暗い色の空を背負う住宅街。
いつものように一緒に帰る蒼と芽衣の後ろに、なぜか優斗もついてきた。
美術部の勧誘を断った流れで一緒にいたのだが、まさか帰りまで同じだとは思わず。
邪魔者をどうやって追い出そうか、蒼が悩んでいると、そのうち芽衣が迷惑そうに口を開く。
「やめてよ、仲間くん。帰りが一緒なんてよくあることだから」
すると、
「俺、前は男子校だったから、男女で一緒に帰るなんて付き合わない限りありえなかったし」
「そうなの? でも仲間くんって、女子に対してもナチュラルだよね」
「ああ、うちは姉が三人いるから」
「仲間くんって末っ子なんだ? お姉ちゃんに可愛がられてそう」
「そうでもないよ。うちの家族みんな、ドライだから」
「……」
「何よ蒼、珍しく静かだね」
「別に」
自分以外の男と楽しそうに喋る芽衣に、苛立ちは募るばかりだったが、プライドの高い蒼はそんなことを言えるはずもなかった。
そして蒼の気持ちとは裏腹に、優斗は芽衣と話し続けた。
「
「私? 私はいないよ。一人っ子。あ、でも蒼は弟みたいなものだから、いることになるのかな?」
「さっきはお母さんとか言ったくせに、今度は弟かよ」
思わず口を挟んだ蒼に、芽衣は難しい顔をする。
「だって蒼とは、ひとくくりにできるような関係でもないし」
「どういう意味だよ」
「私は蒼の母親であり、
芽衣にとって蒼がどういう存在か明らかになり、蒼が愕然としていると、ふいに優斗が笑い声を上げる。
「あはは」
「何がおかしいんだよ」
思わず優斗を睨みつける蒼だが、優斗は楽しそうな顔をしていた。
「幼馴染っていいな」
「どこがだよ」
幼馴染で近すぎるからこそ、手が出せないでいる蒼は、なんだかバカにされたようで
「お前って、変なやつだな」
「うん、よく言われる」
「認めるのかよ」
変なやつと言われても顔色ひとつ変えない優斗に、蒼がため息をついていると、そんな蒼に、芽衣が呆れた目を向ける。
「蒼も変なやつでしょ」
「俺は変じゃない」
「
「うん、変だと思う」
「お前ら……」
「それに、蒼が人に懐くなんて、珍しいよね」
「誰が誰に懐いてるって?」
「蒼が仲間くんに懐いてるから」
蒼の態度からして、優斗を邪魔者扱いしているのは明らかなはずだった。が、芽衣はそうは思わなかったらしい。
優斗に懐いていると言われ、蒼はぎょっとした顔を芽衣に向ける。
「どこがだよ」
「いつもの蒼だったら、面倒くさいからって他の子と喋りもしないじゃない」
「なんだ? 蒼は人見知りなのか?」
「そんなんじゃない」
蒼がふてくされた顔でそっぽを向く中、芽衣はそんな蒼の内心など知らずに話題を変える。
「ていうか、仲間くんの家もこっちなの? 私や蒼の家と近いね」
「ああ、こっちだよ。そこのマンションがうち」
優斗が指を差した場所には、近隣の中でもひときわ高いマンンションがあった。
そのマンションを見て、蒼が「げ」と声を漏らす中、芽衣は嬉しい声を上げる。
「え? 嘘! 私や蒼と同じマンション!」
「そうなの?」
「うちはここの二階だよ」
「俺は五階」
芽衣に続き、優斗も自分の階を告げる。偶然にも同じマンションに住んでいるということで、優斗も芽衣も嬉しそうだった。
「こんな偶然ってあるんだな? それで、蒼は何階なんだ?」
蒼はあえて黙っていたが、この流れで言わない理由もなく。
優斗に訊かれて、しぶしぶ答える。
「……八階」
「そうなのか」
「こんなに近いなら、
「もしかして
「ていうか、いつもママが作ったお惣菜を持っていってるんだ。蒼、いつも一人だから」
余計なことを言う芽衣を睨んでも、芽衣は全く気づく様子もなく。
さらに優斗が調子に乗って告げる。
「へぇ……じゃあ、良かったら俺も飯持って行こうか?」
「お前のはいい」
「なんで?」
「なんでって……友達でもないのに」
「えー、もう友達だろ?」
「はあ?」
「こんなに仲良くなっておいて、その反応はないだろ」
「そうだよ、蒼。こんなに楽しそうな蒼を見るのは初めてだし」
「楽しそう? どこがだよ!?」
「ていうか、今から遊びに行ってもいいか?
なんの脈絡もなく優斗に誘われて、蒼はぎょっとした顔をする。
「なんでそうなるんだよ」
だが芽衣はすでに乗り気だった。
「じゃあ、今日はみんなでゲームでもする?」
「いいね。俺今イカのゲームにハマっててさ」
「そのゲームなら、蒼もやってるよね?」
「お前……言うなよ」
「なんでよ。いいじゃない、せっかくできた友達なんだから、一緒にやりなよ」
「ふん、ゲームで俺に勝てると思うなよ」
結局、蒼の家でテレビゲームをすることになり、芽衣も優斗も制服のまま蒼の家に立ち寄った。
広いリビングルームで、カーペットに並んで座った蒼たちは、イカのゲームで戦っていたが……。
「また、私が勝ったね」
得意げな顔をする芽衣を見て、蒼は歯軋りをする。蒼も決してゲームが下手というわけではないのだが、オタクの芽衣は異常にゲームが得意だった。
「くそう、なんでたまにしかやらないやつが強いんだよ」
「蒼もゲーム弱いね」
優斗が笑うと、蒼はムッとした顔をする。ただでさえ芽衣にカッコいいところが見せられないことを悔しく思う蒼に、優斗の言葉はダイレクトに刺さった。
だが蒼も負けじと優斗に言い返す。
「そういうお前もだろ」
「俺は強いとは言ってないよ」
「俺がゲーム弱いんじゃない、芽衣がゲーム全般強いんだよ」
「鈍くさいのに負けず嫌いなんだから」
「ああ、もうやめた。俺は寝るから二人とも帰れ」
「じゃあ、蒼はそこのソファで寝てなよ。私と優斗くんだけでゲームするから」
「なんでだよ……」
(人の気も知らないで)
蒼が不貞腐れても、芽衣はやはり気づく様子もなく、楽しそうな顔を優斗に向ける。
「そうだ。今日はうちの家族いないんだよね。だから、ピザでも頼まない?」
「いいねそれ」
「蒼はパイナップル入りのやつだよね?」
自分の好物を芽衣が知ってくれていることに、優越感を覚える蒼だが、優斗がいることを忘れていた。
「俺はシーフードがいい」
「じゃあ、両方入ってるやつにしよ」
「お前たち……勝手なことするなよ」
「わかったわよ。じゃあ、うちで食べる? 仲間くん」
「……」
「どうせなら、蛍原も一緒に——」
「俺はもう寝るから、お前たちだけで頼めよ」
「蒼ったら、寂しがり屋のくせに、そういうこと言うんだから」
「あ、そっか。芽衣を取られて悔しいんだ?」
優斗に図星を突かれて、蒼は思わず心にもないことを告げる。
「はあ? ばか、そ、そんなわけないだろ」
「蒼ったら、マザコンなんだから」
「なんでそういう解釈になるんだよ。ママ扱いは嫌だって言ってただろ」
「早く親離れしろよー」
「うるさいな! 食えばいいんだろ!」
言って、ソファに寝転がる蒼を見て、優斗は微笑ましそうに笑った。
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