第4話 楽しい時間(優斗)

 


 ————男なのに可愛いな。


 蛍原ほとはらあおいを初めて見た印象はそれだった。


 転校初日、不安がないわけではなかったが、自由人の仲間なかま優斗ゆうとは、クラスにすぐ馴染むことができた。


 ただ、クラスメイトは聞いてもいない学校の話をしたがった。


 クラスで飼っているウサギの話や、人気教師の話、あとは有名な山路やまじ芽衣めいという女子の話だった。


 芽衣が彼氏でもない同級生の世話をしているという、悪意のこもった噂を優斗はちらりと耳にしていた。


 自分には関係のない話ばかりでうんざりしていたが——そんな中、担任の指示で噂の山路芽衣と喋る機会ができた。


 芽衣は面倒見が良く、だからといって恩着せがましくもない、好感の持てる女子だった。


 その幼馴染の蒼は、わざとクールぶっているように見えたが、芽衣と話す時だけ子供っぽい顔を見せて、可愛いと思った。


 しかも蒼や芽衣は優斗と同じマンションだという。


 美術部を案内してもらった流れで、芽衣たちと一緒に帰った優斗は、それから蒼の家でテレビゲームをして遊んだ。が、時計が八時を差しているのを見て、重い腰を上げた。


「——じゃあ俺、そろそろ帰るわ」


 すると、優斗に釣られるようにして、芽衣も立ち上がる。


「うん、なら私も帰ろうかな」


「芽衣、明日の約束、覚えてる?」


 甘えるように訊ねる蒼に、芽衣はうんざりした顔をする。


「……覚えてるよ。朝食作ればいいんでしょ?」


 二人の関係性がなんとなくわかった優斗は、少しだけ悪い虫が頭を覗かせた。


「え? お前、山路に朝食まで作らせてんの?」


 優斗が冷やかすように告げると、芽衣はため息混じりに答える。


「ときどきね」


「お前には関係ないだろ」


 蒼は不機嫌な顔をしていたが——そのやりとりさえ、可愛いと思った優斗は、わざと間に入って告げる。


「良かったら、朝食くらい俺が作ろうか?」


「え? 仲間なかまくんが? いいよ、悪いし」


「遠慮するなよ。おれ、最近フレンチトースト作るのにハマってるんだ」


「フレンチトーストだ? あんな甘ったるいパンだと、食事にならないだろ」


「蒼……フレンチトースト好きなくせに」


「なら、明日の朝、また来るわ」


「ありがとう、仲間なかまくん」


 本当は芽衣と二人きりになりたかったのだろう。蒼の下心は見え見えだったが、あえて自分から朝食を提案したのだった。


(蒼って、いじわるしたくなるタイプだな。あの不服そうな顔、ウケる)






 ***






 ————翌朝。


「おはよう、蛍原ほとはら


 予告通り蒼のマンションにやってきた優斗は、いつまでもベッドで寝ている蒼の肩を揺らした。


「ん……芽衣?」


「早く起きたほうがいいぞ」


「じゃあ、着替えさせて」


「俺でいいのか?」


「俺? 俺って——仲間なかま!?」


 飛び起きるあおいを見て、優斗は笑いが止まらず、その場で腹を抱えた。


 だが寝起きでパジャマがすっかり崩れている蒼は、まるで母親を探すかのように芽衣の名を呼んでいた。


「芽衣は……芽衣はどこ?」


「キッチンにいるよ」


「……」


「残念だったな、起こしに来たのが山路じゃなくて」


「なんでお前がいるんだよ」


「フレンチトースト作る約束しただろ」


「じゃあ、なんでキッチンにいるのが芽衣なんだよ」


「実は牛乳が足りなくて、今日は山路に作ってもらうことになったんだ」


「俺の知らないところで勝手に決めやがって」


「良かったら、着替えさせてやろうか?」


「いい」


「遠慮するなって」


「なんだと……ちょ、やめろよ」


 優斗がパジャマのボタンに手をかけると、蒼は顔を青くして暴れる。


「ほら、さっさと着替えて山路のご飯食べるんだろ?」


 だが、優斗は蒼のパジャマを剥ぎ取ると、あっという間に着替えさせたのだった。


「なんでそんなに手際がいいんだよ」


 蒼が優斗を間近で睨みつける中、そんな時、芽衣がドアの隙間から頭を覗かせた。


「蒼、仲間なかまくん、ご飯できたよ」


「ほら、山路やまじが呼んでるぞ」


「ふん」


「お前って、懐かない猫みたいだな」 


「うるさい」


「よしよし」


「頭を撫でるな!」




「さあ、召し上がれ」


 リビングに移動すると、芽衣が鮭や和物あえものなど、和朝食を用意していた。朝からけっこうなボリュームだったが、蒼は何食わぬ顔でテーブルに着く。


「芽衣、食べさせて」


「じゃあ、俺が」


 優斗がわざと挙手すると、蒼は心底嫌そうな顔をする。


「お前が出てくるなよ」


「あはは」


 拒否されてもめげずに箸を差し出す優斗を見て、芽衣は楽しそうに笑っていた。


「仲間くんって、面白いよね」


「どこがだよ。人の邪魔ばかりしやがって」


「そのうち仲間くんにも甘えるようになるんじゃない?」


「そんなわけないだろ!」


 好きな子に脈がないのがバレバレで、ちょっと哀れに思う優斗だったが、それでもこの新しい輪が楽しくて、邪魔せずにはいられなかった。


(あの時みたいに、また追い出されるかもしれないけど)






***






 それから三人一緒に登校した優斗たちだが、蒼だけ違うクラスということで途中で別れた。


 そして転入したばかりの教室に入ると、芽衣が他の女子生徒——柏木かしわぎ千晶ちあきに向かって手を上げた。


「おはよう、千晶」


「おはよ。もしかして、今日は仲間くんと登校したの?」


「もしかしなくてもそうだよ。今日は蒼と仲間くんが一緒だった」


「え? なに? いつの間にイケメンと仲良くなったの?」


「住んでるマンションが同じだったんだ」


「へぇ、そんな偶然あるんだ? でも、仲間くんと仲良くしたら、蒼くんヤキモチ妬かないかな?」


「そんなことないよ、朝も仲間くんがいて、楽しそうだったし」


「え? まさか、蒼くんの着替えを手伝ってるとこに、仲間くんがいたの?」


「違うよ、仲間くんがかわりに蒼を着替えさせてくれたの」


「そうなんだ? なんだか楽しそうなことになってきたね」


「千晶こそ、なんでそんなに楽しそうなの?」


 優斗が傍にいることも忘れて、広がってゆく女子トークに、いたたまれなくなった優斗はその場を去るべきか悩んだあと、芽衣に声をかける。


「ねぇ、山路」


「どうしたの? 仲間くん」


「授業でわからないところがあるんだ。教えてくれる?」


 転入したばかりの優斗は、授業が追いついていないため、聞かないわけにはいかなかった。


「いいよ。でも数学なら、蒼のほうが得意かも」


「そうなんだ? 前の学校よりだいぶ進んでるからわからないところがけっこうあるんだ」


「そっか。じゃあ、ノートコピーしようか?」


「そうしてくれると助かる」


 芽衣の申し出を有り難く思う中、どこからともなく嫌な声が聞こえてくる。

 

 どうやら、優斗のせいで芽衣が悪目立ちしているようだった。


『うわ、奴隷ちゃん、今度は転入生の世話までしてるよ』


『下心みえみえだっつーの』


『よくやるよね。そんなに好かれたい?』


 優斗は不機嫌な顔を周囲に向けるが、優斗以上に顔を怒らせた千晶が、腕まくりを始める。


「あいつら……」


「千晶、大丈夫だから」


「でも」


「いいんだよ。言いたい人には言わせておけば。どうせみんな、そのうち飽きるから」


「もう、あんたは……」


 どうやら芽衣は平和主義者らしい。それはとても良いことだと思う反面、優斗は見ているだけなど出来なかった。


「でも俺は良くないよ」


「仲間くん?」


 芽衣が目を瞬かせる中、優斗は小さく深呼吸したあと、周囲に聞こえるように告げる。


「俺、山路みたいな子好きだなぁ」


 突然、優斗が大声で放った問題発言に、教室内はざわついた。







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