第5話 恋愛茶番劇(芽衣)



「——俺、山路やまじみたいな子好きだなぁ」


 突然、仲間なかま優斗ゆうとがクラスに爆弾を投下した。


 芽衣めいが瞠目する中、教室内は異様に騒がしくなる。


 どうやらクラスメイトたちは、優斗の言葉を告白と受け取めたらしい。


 だがそんな風に噂になるのも構わず、優斗は真剣な口調で告げる。


「ねぇ山路やまじ、俺の彼女になってよ」


「え、な、仲間なかまくん!?」


 そしてその時、偶然クラスにやってきたあおいが、芽衣と優斗の間に割り込む。その顔は誰が見ても怒った顔をしていた。


「おい、お前……芽衣に何言ってんだよ」


「あーあ、残念だな。山路やまじには蛍原ほとはらがいるんだもんな」


(仲間くん、何を考えてるの……?)


 やや芝居がかった優斗に、違和感を覚える芽衣だったが、優斗はいっそうわざとらしく言った。


「こんな簡単に振られるなんて、可哀相な俺」


「なんだよ、お前。わざとらしい」


 蒼が呆れたように告げると、優斗は微笑む——その顔は、何かを企んでいる顔だった。


「付き合ってくれるなら、蛍原ほとはらでもいいのに」


「はあ!?」


「俺、蛍原も好きだよ」


 不敵な笑みを浮かべる優斗に、怪しさは拭えなかったが、不意を突かれた蒼はポカンと口を開けていた。


 そんな蒼を見て、優斗はさらに告げる。


「蛍原、俺と付き合ってくれない? って言いたいところだけど、蛍原には山路がいるもんなぁ」


 みるみる青ざめていく蒼に、優斗は密かに笑いをかみ殺していた。


 わざとなのだろう。優斗の行動は理解できなかったが、彼が何かしようとしていることは芽衣にもわかった。

 

「あー、やっぱり山路も蛍原も選べないなぁ」


 優斗がそう嘆いていると、周囲から声が聞こえてくる。


『仲間くんって……節操ないんだね』


『でも面白くない?』


『マジウケる』


 芽衣に聞こえたのは、クスクスと侮蔑を含んだ笑い声だった。


 だが優斗はどこ吹く風で、清々しいほどに平然としていた。


「俺、これから振り向いてもらうまで一緒にいるから、覚悟しろよ」


「なんで俺を見ながら言うんだよ」


「じゃあ、山路に……」


「ダメだダメだ! 芽衣を見るくらいなら俺を見ろ!」


 蒼の言葉に、周囲からドッと笑いが起きる。


『やだ、俺を見ろだって。蒼くん、まんざらでもなさそう』


『えー、私蒼くんのこと好きだったのに』


 言葉のわりに楽しそうな声が響いた。それも悪い雰囲気ではなく、まるで喜劇を見る観客のような様子だった。


 だが蒼は怒り心頭といった顔をしており、芽衣は思い出したように蒼を押さえた。


「あ、蒼……落ち着いて」


「これが落ち着いてられるか!? 全部、仲間こいつのせいだからな!」


 指を差して威嚇する蒼に対して、優斗は穏やかな笑みを浮かべる。


「いいよ、俺のせいにしなよ」


 そのあまりにも優しい顔に、蒼は拍子抜けしていた。


「もう、なんなんだよ……」




 それから芽衣たちの話は、あっという間に校内に広まった。


 登校のたび、好奇の目にさらされたが、不思議なことに悪意を感じることはなかった。


 みな面白がって見ているだけで、芽衣に厭味を言う人間もいなかった。


 そして残念で可哀相な仲間くん、というレッテルを張られてからも、優斗はいつも楽しそうだった。




「——仲間くん、ありがとう」


 すっかり噂も落ち着いた教室で、芽衣は優斗に笑いかけた。


 すると、優斗は驚いた顔をする。


「どうしたの? いきなり」


「仲間くんは凄いね。こうなることわかってたんだね」


「何も凄くないよ。俺は楽しければそれでいいんだ」


 控えめな優斗に、好感を持つ芽衣だったが、優斗はなんでもない風に笑った。


 そしてそんな二人を見て、蒼は眉間を寄せる。


「俺はちっとも楽しくない」


「ごめんね、蒼」


「なんで芽衣が謝るんだよ」


「だって、私が一緒にいるせいだよね? 蒼と仲間くんだけなら、こんなことする必要もなかったんじゃない?」


「それを言ったら……」


 蒼が何か言いかけて止めた。


 少しバツが悪そうに、視線をそらす。


 言葉にはしないもの、蒼が何を考えているかは芽衣にもわかった。


 元は自分のせいだと言いたいのだろう。


 だてに、十年以上幼馴染をやっていなかった。


「これで伸び伸びと山路に甘えることができるな、蛍原」


「あ、でも蒼と私が付き合ってる設定はちょっと困るかも」


「なんでだよ」


「もし蒼や私に好きな人ができたとき、誤解されたらイヤでしょ?」


 三人一緒にいる間は、三角関係ということで面白がられても構わない芽衣だが、お互いに好きな人ができた時のことを思うと、心配になった。


 だが蒼は芽衣の発言が気に食わなかったらしく、機嫌の悪い声を放つ。


「……そんなの、知るかよ」


 すると、代わりに優斗が提案した。 


「じゃあ、好きな人が出来たらこのグループは解散ってことでいいんじゃない?」


「それもちょっと寂しいな」


「なら、好きな人作らない同盟でも作る?」


「えー、なにそれ」


 芽衣がクスクスと笑っていると、蒼は腕を組んで告げる。


「俺はそんな同盟に入らないからな」


「あー、蒼ってば、もしかして好きな人がすでにいるの?」


 冗談で言うと、蒼の顔が少しだけ強張るのが芽衣にはわかった。


「うそ? 本当に……?」


 蒼に好きな人がいると聞いて、芽衣の胸が微かにチクりと痛んだ。


 好きな人の話は聞いたことがなかったわけだが、でも当然だろう。

 

 高校生の蒼に好きな人がいてもおかしくはなかった。


 それは当たり前の話だが、なぜか芽衣は狼狽えてしまう。


 そんな中——。


「好きな人なんていない」


 蒼が不貞腐れた様子でぼそりと告げる。途端に、芽衣の目の前が明るくなる。


「どうしたの? 山路」


「ううん、なんでもない」


 蒼が「好きな人なんていない」と言ったことで、芽衣のモヤモヤは霧散したが、いつか一緒にいられなくなることを考えると、苦いものを食べたような後味の悪さが残った。






 ***






「芽衣のこと悪く言う人、いなくなって良かったね」


 放課後の教室で、芽衣の親友——柏木千晶が呟くように言った。


 千晶も優斗のおかげだということはわかっているようだった。


「うん。仲間くんのおかげだよ」


「あの時はびっくりしたけど、凄いよね仲間くん。好きになりそう」


「ごめんね、俺には二人がいるから」


 気づくと、すぐ傍に優斗がいて、芽衣は丸くする。


「仲間くん」


「やだ、速攻振られちゃった。あはは」


 楽しそうに笑う千晶だが、優斗は勘繰るような目をして告げる。


「千晶ちゃんには他に好きな人いるでしょ?」


「え? わかる?」


「そういう勘はいいんだ、俺って」


「え? 千晶に好きな人? だれだれ?」


「内緒」


「えー、教えてよ」


「蒼くんじゃないから、大丈夫」


「そこでなんで蒼の名前が出るの?」


「だって、好きなんでしょ?」


「幼馴染としてはね」


「俺も二人の幼馴染になりたかったな」


「仲間くん?」


「出会うのが遅すぎたのかもな」


「またそんなこと言って」


 芽衣が胡散臭いものを見る目で言うと、優斗は相変わらず爽やかな顔で笑った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る