第14話 共謀(芽衣・蒼)



 副担任の天久あまひさ透子とうこは、予想以上にしつこかった。


 芽衣と蒼はなるべく優斗の傍にいようとしたが、副担任は常に目を光らせて優斗を見ていた。


 まるで獲物を狙う猛獣のような目。芽衣が見たことのない人種だった。


「優斗くん、大丈夫?」


 校内にいる間、ずっと気を張っているせいか、優斗は常に調子が悪かった。


 副担任とは以前からの知り合いらしいが、それ以上のことは教えてもらえず。


 よほど嫌なことがあったのだろう。副担任の名前を口にするたび、優斗はきつく眉間を寄せた。


「今日は何もなくて良かったね。優斗くんも、はっきり断らなきゃだめだよ?」


 澄み切った黄金色こがねいろの空を背負う住宅街。


 秋から冬に変わることもあり、日毎寒さが募る中、天久透子の話をすると、優斗は表情を凍りつかせた。


「うん……わかってるんだけど……体が動かないんだ」


「そっか。なら、私の防犯ブザー使う?」


「防犯ブザー?」


「うん。この防犯ブザー、スマホと連動してるから、鳴らしたら指定のスマホに位置情報が届くんだ」


「すごいね。でも、俺がもらったら山路やまじが……」


「大丈夫、もう一つ家にあるから」


「そっか……ありがとう」


「ところで、蛍原ほとはらはどうしていないの?」


「なんか、調べることがあるからって、学校に残ってるみたい」


「そっか」


「優斗くんはいつも蒼を気にしてるね」


「そうかもしれない」


「でも、いつもありがとう」


「え?」


「蒼って気難しいし、人見知りもすごいけど……仲良くしてくれて」


山路やまじ蛍原ほとはらの保護者みたいだね」


「小さい頃から蒼の世話ばかりしてるから、保護者って言われてもおかしくないよね」


「山路は蛍原のこと好きなの?」


「……へ?」


 突然のことに芽衣は大きく見開く。


 優斗はすっかり調子を戻した顔で芽衣を見ていた。


「蒼は……そうだね。私の弟みたいなものかな」


 芽衣が微笑ましい顔で告げたその時、背後から声が聞こえた。


「誰が弟だよ」


 蒼だった。芽衣と優斗の間に割り込んだ蒼に、芽衣は苦笑する。


「蒼、調べものは終わったの?」


「それが、俺が調べものしてたら教頭に『出ていけ』って、図書室を追い出されたんだ」


「教頭先生が? なんで?」


「お前んとこの副担任も一緒だった」


「それって……」


 わざと蒼の邪魔をしたのだろうか——そう芽衣が考えた時、優斗は俯きがちに告げる。


「あいつは昔からそうなんだ」


「優斗くん?」


「教師や校長たちを取り込んで、不思議と何をしても咎められることがなかったんだ」


「取り込むって具体的にどうやって?」


「……」


 優斗が黙り込むと、蒼は「なるほど」と頷いた。


「え? どういうこと?」


「芽衣は知らなくていいんだよ」


「なんでよ。私にだって知る権利はあるでしょ?」


「もうちょっと大人になったら教えてやるよ」


「大人って……これでも蒼と同じ年ですけど?」


「精神年齢の話だよ」


「それを言うなら、甘えん坊のくせに何よ」


「空気を察することもできないのが、子供だって言ってるんだ。優斗が言いたがらないことを、無理やり聞こうとするなよ」


 芽衣が口を膨らませると、蒼はため息を落とした。






 ***






 閉室間際の図書室。


 書棚に囲まれた一角に、天久あまひさ透子とうこはいた。だが目的は本ではなく、他には聞かれたくない話をするためにその場所を選んだのである。


「教頭先生、先ほどはありがとうございました」


 天久透子が深々と頭を下げると、神経質そうな細面ほそおもての教頭が口角を上げる。


「お安い御用ですよ。勤勉な生徒が集う図書室を荒らすなんて、要注意人物ですね」


「できれば、あの蛍原ほとはらあおいとか言う生徒を出入り禁止にしたいんですが」


 思い出すだけでも憎らしかった。透子に向かって優斗の恋人だと断言した少年。見た目が愛らしいこともあり、探し出すのは簡単だった。


 だが透子の提案に、教頭は難しい顔をする。


「そうしたいのはやまやまですが……蒼くんの家は名家で、寄付金もダントツトップですからね……あまり表立って追い出すことは出来ないんですよ」


「……面倒ですね」


「そうなんですよ。生意気な生徒なだけに、こちらもほとほと困っています」


「いいです。なら、別の手を使いますから」


「別の手、ですか?」


「いえ、こちらの話です」


「それで、天久先生……今夜はホテル付のディナーを用意しているのですが」


「もちろん、行きます」


(あの子を手に入れるためなら、このくらいのこと我慢しなくちゃ)






 ***






「今日もモテモテだったね、蒼」


 ——翌日の放課後。


 学校の廊下でため息を吐く蒼に、芽衣はわざとらしく告げる。


 すると、芽衣の冷やかしに蒼はうんざりした顔をする。


 近頃は、男からの告白ばかりで蒼はすっかり滅入っていた。


「うるさいな。どうして男ばっかりなんだ?」


「そりゃ、蒼が可愛いから仕方ないよ」


 微笑ましそうに言う芽衣の傍ら、優斗は真面目な顔で頷く。


蛍原ほとはらって、どうしてか引き寄せられるよね」


「なんだよそれ。優斗までそんな目で見てんのか?」


「そんな目って?」


「冗談だよ。それより、今日こそ図書館で調べものするから、お前たちだけで帰れよ」


「私たちも手伝うよ?」


「目をつけられるのは俺だけでじゅうぶん」


「私もすでに目をつけられてると思うけど」


「いいから早く帰れ。これから俺が動くことで、何が起きるかわからないからな」






 ***






「今日は誰もいないな……確か過去の新聞がこの辺に……」


 窓の外はすでに暗く、室内でも吐く息は綿飴のように白かった。


 芽衣や優斗を先に帰らせた蒼は、過去の新聞棚を探して、図書室を歩き回っていたが。


 目的の新聞はなかなか見つからず、ひたすら書棚を見ていると——ふいに、見知らぬ男子生徒に声をかけられた。


「おい」


「……ん?」


「お前、ちょっと来い」


 背の高い少年だった。


 知らない男子生徒に声をかけられて、蒼が怪訝な顔をしていると、そのうち彼の後ろからぞろぞろと複数の男子生徒が現れる。


 下品な笑みを浮かべる七人ほどの男子生徒を見て、蒼は警戒しながらも飄々と告げた。


「なんだよ。俺はあんたたちに用はないけど」


「いいから来いよ」


「おい、離せ」


 男子生徒たちに無理やり手を引かれた蒼は、そのまま空き教室へと連れていかれた。




「なんなんだよ。告白なら、お断りだぞ。それともあれか? 俺をフルボッコにするつもりか?」


 その不穏な雰囲気に蒼が警戒する中、男子生徒の一人が蒼に手を伸ばす。


「ふふ、可愛いな」


「……」


(何が可愛いだよ、気持ち悪い)


「おい、脱げよ」


「は?」


「それとも脱がせてやろうか?」


「な、なんだよ。俺のことフルボッコにするんじゃないのか?」


「安心しろ、俺たちが可愛がってやるから……」


「冗談じゃない! そういうのはヒロインの役回りだろ!? なんで俺なんだよ!」


「おい、逃げるな」


 複数の男子生徒に掴まれて、蒼はみるみる青ざめる。逃げられる様子ではなかった。


「は、離せよ!」


 暴れる蒼を、男子生徒の一人が組み伏せるようにして押さえつける。


「大人しくしろ」


「ちょ、誰か——!」


 複数の男子生徒に押さえつけられて、さすがの蒼も危機感を覚える。だがどうすることもできない状況下で、叫ぶしかなかった。










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