第15話 カッコ悪い(蒼)


 複数の男子生徒たちに連れて行かれた先は誰もいない空き教室だった。


 男子生徒たちに囲まれ、いくつもの手が伸びる中、蒼はろくに抵抗もできないまま上半身を脱がされていたが——その時だった。


 ガラガラとドアが開いたかと思えば、空き教室に芽衣が入ってくる。


「——蒼!」


「え、め、芽衣?」


 蒼が動揺する中、芽衣は腰に手を置いて威嚇するように告げた。


「あなたたち、何してるの?」


「なんだよ、お前も混ざりたいのか?」


 蒼を囲んでいた男子生徒の一人が、芽衣を見て気味の悪い笑みを浮かべる。


「芽衣、危ないから来るな!」


 蒼は慌てて芽衣に逃げるよう促すが——。


山路やまじ、どうしたの?」


 芽衣の後ろから、優斗もやってくる。


「人が増えたか……ちっ」


 すると、状況が悪いと思ったらしい。蒼を囲んでいた男子生徒の集団は、逃げるようにして空き教室を出ていった。


「ちょっと!」


 あっという間に逃げた男子生徒たちを見て、芽衣は口を膨らませる。だが思い出したように蒼の元に駆け寄った。


「大丈夫? 蒼」


「はは……カッコ悪いな」


 助かったのは良かったが、一番見られたくない相手に助けられて、蒼は複雑なため息を落とす。


 そんな蒼に、優斗も心配の声をかける。


蛍原ほとはら、あいつらに何かされたのか?」


「……お前たちのおかげで、未遂だ」


「あいつら……」


 優斗が教室の外に視線を向けるのを見て、蒼は慌てて優斗が行動を起こす前に制止した。


「追いかけなくていいからな」


「でも」


「俺、柔剣道でも習おうかな」


 情けなさいっぱいに自嘲する蒼だったが、芽衣は本気で頷いた。


「そうしたほうがいいかも」


「ごめん……蛍原」


 何かを察した優斗が、まるで自分のせいだとばかりに謝罪した。


 男子生徒の集団は、おそらく天久透子の差し金だということを、優斗は気づいたのだろう。憶測にすぎないながらも、蒼も同様に天久透子が犯人だと睨んでいた。


「なんでお前が謝るんだよ」


「だって、あいつらきっと天久先生が差し向けたんだ」


「優斗がそう言うなら、そうなんだろうけど……お前のせいじゃないだろ。俺が勝手に首を突っ込んだんだ」


「でも……俺がいなかったら、こんなことにはならなかったよね」


「俺は無事だったんだ。気にするなよ」


 蒼が服を着込みながら告げると、芽衣が考える仕草をする。


「今後はなるべく三人一緒に行動したほうがよさそうだよね。それと、蒼はなるべく人の多いところにいなよ。あと、何かあったら大きな声を出さなきゃダメだよ?」


「……本当にカッコ悪い」


「蒼は仕方ないよ」


「仕方ないとか言われたくない」


「もし今度何かあったら、俺も駆けつけるから」


「先生の前で動けなくなるやつが、何言ってるんだ?」


「……そうだね。俺は役に立たないかな」


「蒼」


 芽衣に睨まれて、蒼は言いすぎたことを反省する。思えば、格好の悪いところを見られているのは、優斗も同じなのだ。


「ごめん、言い過ぎた……さっきは来てくれて助かった」


「大丈夫だよ、二人とも。これからも私が守ってあげるから」


「芽衣も無茶はするなよ?」


「わかってるわよ。でも私、スタンガンとか色々持ってるし」


「芽衣はいつからそんな怖いものを……」


「優斗くんに何かあったらと思って、買っておいたの」


「この中で一番強いのって、山路かもね」


「へへ、任せてよ」


「芽衣、調子に乗るなよ」






 ***






「蒼、今日も図書室に行くの?」


 ————翌日。


 蒼の教室にやってきた芽衣は、窓際の席にいる蒼に声をかける。蒼は帰り支度をしている最中だった。


「調べたいことがあるんだ。優斗のやつは?」


「優斗くんは掃除当番だから、あとから来るって。それで、調べたいことって、優斗くんのこと?」


「優斗の出身中学をググったら、過去に事件があったみたいだから、あいつも関わってたんじゃないかと思って」


「事件?」


「過去に自殺した生徒がいるんだと」


「えっ……どういうこと?」


「優斗と関わりがあるかどうかはわからないけど、同じ学年だし、ちょっと気になってな」


「それで、どんな事件なの?」


「クラスの嫌われ者だった男子が、いじめを苦に自殺したとか。ここの図書室、新聞も所蔵してるから、正確な記事が見たいんだよ」


「そっか……気になるよね」


「でも俺がその記事を探してること、優斗には内緒な?」


「なんで?」


「先生の顔見ただけで卒倒しそうな顔するのに、事件のことなんて聞けないだろ」


「蒼ってそんなに優しかったっけ」


「お前、人のことなんだと思ってるんだよ」


「だって、いつも他の人にはきついこと言うじゃない?」


「優斗は友達だろ。他人とは違う」


「そっか……そうだね」


「何ニコニコしてるんだよ」


「蒼に男の子の友達ができて嬉しいの」


「……じゃあ芽衣は、もし俺に女の友達が出来たら……どう思う?」


「……女の子の友達?」


「そうだ。もし俺に、芽衣以外の友達が出来たら、どうする?」


「そ、そんなの……」


(これで少しでも動揺してくれたら……脈があるんだろうけど)


 そんなことを思う蒼だったが、蒼の願望は願望で終わった。


「嬉しいに決まってるじゃない! 蒼の世話をしてくれる人が増えるんだし。優斗くんみたいに仲良くしてくれたら、嬉しいよね」


「……嬉しいわけないだろ」


「は?」


「芽衣以外に触らせるわけないだろ。何考えてるんだよ」


「自分で言っておいて、なんで逆切れするの? 意味わかんないんだけど」


「でも俺からは逃げられないんだからな」


「よくわからないけど、蒼のお世話はちゃんとしてあげるから安心しなよ」


 芽衣が胸を張って告げる中、近くから聞き慣れた声が聞こえる。


「でもいつか、山路やまじ蛍原ほとはらに恋人が出来たら、そうも言ってられないよね」


「優斗くん」


 あとからやってきた優斗を見て、芽衣は目を瞬かせる。


 だが芽衣が訊ねる前に、蒼が口を開いた。


「掃除当番は終わったのか?」


「うん、終わったよ。で、今の話だけど……二人ともそれぞれ恋人が出来たらどうするつもりなの?」


「え? 私や蒼に恋人? 想像できないけど」


「いっそ二人が付き合っちゃえばいいのに」


「ゆ、優斗くん!? やだな、変なこと言わないでよ。私は恋人なんかいらないし」


「どうして?」


「どうしてって……今でもじゅうぶん楽しいし」


「けど、いつまでもこのままじゃいられないでしょ?」


「……そうかもしれないけど」


「いいと思う、今はこのままで」


「蒼?」


「そのうち逃げられなくしてやるから、覚悟しろよ」


 優斗がわざとけしかけてくれたのだろうが、芽衣は予想以上に鈍かった。


 だが蒼は芽衣と必ず今以上の関係になることを心に誓う。


 そんな風に息巻いて優斗に視線を送ると——優斗はなぜか神妙な顔で笑っていた。








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