第25話 傷を負った者同士(蒼・優斗)


 蒼は私室の窓から欠けた月をじっと見つめる。


「まさか晴翔を殺そうとするとは……本当にとんでもない奴だな」


 本当なら権田ごんだ晴翔はるとに直接、話を聞きたいところだったが、香川かがわれんが邪魔をするので顔を見に行くことすらできなかった。


 脅されているため仕方のないことだが、天久あまひさ透子とうこを野放しにするほうがよほど危険だと、蒼は思う。


 それにこのままにしておけば、いつか優斗が壊れてしまうだろう。


「あまり時間をかけたくはないな」


 優斗は中学の時、天久透子と関係を持っていたのは間違いない。


 そして天久透子に横恋慕して自殺したというさくら総馬そうま


(それが自殺じゃなかったとしたら? 


 最初の目撃情報の通り、突き飛ばされて亡くなったとしたら? 


 ————さくら総馬そうまが殺された理由ってなんだよ)


 優斗と女を巡って喧嘩をしていたという総馬。


(本当に? それなら、櫻総馬が殺されたりしないだろう)


 殺された理由として考えられるのは、何かを知ってしまったから——というのが、自然だろう。


さくら総馬そうまはいったい、何を知ったんだ?」







 ***






「優斗くん、大丈夫?」


「ごめん、山路やまじ……また倒れて」


 蒼に天久透子との関係を話したせいか、天久透子に対しての嫌悪感が強くなった優斗は、たびたび芽衣の前で倒れるようになった。


 そして今日も休み時間に倒れた優斗は、気づけば保健室に寝かされており、芽衣が付き添ってくれていた。


 そんな風に迷惑をかけてばかりで申し訳ないと思っていると、芽衣がいつも通りの笑顔で話しかける。


「授業のノート、コピーしておいたよ」


「……本当に助かる」


「じゃあ、帰ろっか」 


山路やまじは……」


「ん?」


「どうして何も聞かないの?」


「なんのこと?」


「俺がこんな風に倒れた理由……聞かないの?」


「聞いてほしいの? なら聞くけど……優斗くんの体調が悪くなるのって、状況から察するに天久先生のせいでしょ? だったら、聞くまでもないよ」


「俺と天久先生のことも聞かないよね」


「それこそ、優斗くんが言いたくなったら言うでしょ?」


「ありがとう、山路」


「どういたしまして。じゃ、帰ってイカのゲームでもする?」


「最近、山路のほうがイカのゲームにハマってない?」


「強くはないけど、面白いよね」


蛍原ほとはらはゲーム弱いくせにああいうの好きだし」


「そうだね」


「どうかした?」


蛍原ほとはらのこと、心配にならない?」


「蒼だから大丈夫だと思うけど」


「山路は強いね」


「そうでもな……あ!」


「どうしたの?」


「今日提出の課題、出すの忘れてた」


「気づくのが遅いよ」


「ごめん、休憩時間にやるつもりだったけど、結局できなかったんだよね」


「あ、それ俺のせい?」


「ううん、優斗くんのせいじゃないよ。ごめん、課題やってから帰るから、先に帰っててくれる?」


「わかった。じゃあ、また後で」


 


 結局、ほとんど授業を受けずに帰ることになった優斗は、芽衣を待つことなく真っ直ぐ帰宅した。


 最近は芽衣に守られてばかりだったこともあり、一人で帰るのは久しぶりだった。


 そんな風に一人でいることを少しだけ寂しいと思いながらも、自宅マンションの前まで来ると——どこかで見たことのある少年を見つけた。


 少年は誰かを待っている様子だったが、優斗の顔を見るなり声をかけてくる。


「……あの」


「はい? なんですか」


「あんた、この間……蒼さんと一緒にいた人だよな……?」


 言われて気づく。


 彼は公園で蒼を見かけた時、さくら総馬そうまのことを話していた少年だった。


仲間なかま優斗ゆうとです」


 名前を告げると、少年は少しだけ暗い顔をした後、おそるおそる訊ねた。


蛍原ほとはらさんはもう帰りましたか?」


「さあ、どうだろう。蛍原ほとはらが今どこで何をしているのかは、わからないな」


「……あんたさ」


「はい」


「中学の時、天久あまひさ先生と付き合ってた、あの『仲間優斗』?」


「……え」


「あんた、本当に趣味が悪いよな」

 

 どうやら相手は、中学の頃の優斗を知っているらしい。


 その頃の自分の評判を知っているだけに、優斗は苦笑する。


「はは……そうだね」


 ————が、その時だった。


「優斗くん!」


 呼ばれて振り返ると、そこには天久透子がいた。


「……」


 思わず言葉を無くした優斗の傍ら、一緒にいた少年も瞠目していた。


「あ……天久先生」


「あら、香川かがわれんくんじゃないの。懐かしいわね……どうして優斗くんと一緒にいるのかしら?」


「今……偶然会っただけです」


「今日はあの子たちはいないの?」


「……」


「ねぇ、優斗くん、家に入れてよ。また先生と遊びましょ」


「それは……」


「優斗くんなら、先生の言うこと聞いてくれるでしょ?」


 天久透子の声を聞くだけで眩暈がした優斗は、吐き気がして思わず口を押さえた。


「……う……あ」


 だが異変に気づいているのかいないのか、天久透子は優斗を舐めるように眺めていた。


「優斗くんは本当に可愛いわ」


「……あ……あ」


 腹を抱えて、うずくまる優斗を、ぎょっとした顔で見る香川蓮。


 そんな時、人が駆ける足音が響いた。


「優斗くん!」


 芽衣だった。


 颯爽と現れた芽衣は、優斗と天久透子の間に割り入ると、仁王立ちで構えた。


 すると、天久透子は苛立ちを含んだ目を芽衣に向ける。


「あら、山路さん」


 だが芽衣は、そんな高圧的な視線に臆することなく告げる。


「優斗くんは見ての通り、調子が悪いので、帰っていただけませんか?」


「だったら、私が看病してあげるわ」


「けっこうです! 行こう、優斗くん……と、そこの君も」


「え? あ……はい」


 それから芽衣は、優斗と蓮の腕を引いて、マンションの中へと入っていったのだった。






 ***






「大丈夫? 優斗くん」


 優斗の家のリビングにやってきた芽衣は、真っ先に優斗に声をかけた。


 だが優斗の方が芽衣を心配していた。


「山路こそ……先生に目をつけられたら大変だよ」


「私は大丈夫だよ。防犯カメラにバッチリ映ってたし。それより、そこのあなたは誰? 優斗くんの友達?」


 芽衣が勢いで連れ帰った香川かがわれんに声をかけると、代わりに優斗が答えた。


「違うよ、たぶんこの人は蛍原ほとはらの友達」


「俺は蛍原ほとはらさんの友達じゃない」


「……じゃあ、どうしてあの場にいたの?」


「俺は蛍原ほとはらさんに会いに……」


「蒼に?」


「……晴翔はるとをこれ以上巻き込んでほしくなくて、それを直接伝えに来たんだ……」


「そっか。わかった……伝えておくよ」


 芽衣がそう告げると、蓮は答えることなく、優斗に声をかけた。


「あんた」


「うん」


「天久先生と恋人じゃ……ないのか?」


「キミにはそう見えた?」


「……もしかして、あんたも脅されてたのか?」


 れんが強張った顔で訊ねると、優斗は肯定も否定もせずに苦笑した。











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