第40話 必要な証拠(蒼)


 ————入院を始めて四日目。


 いまだ寝たフリをしている蒼は、ベッドに寝転がりながら、白い便箋を眺める。


 それはさくら総馬そうまが自殺と見せかけて殺された時、持っていた遺書だった。


 筆跡はさくら総馬そうまのものと一致したらしいが、本人が書いたとは思えず。


 しかも遺書の裏には謎の電話番号があり、番号の持ち主は男性だったが——相手は警戒して名乗ることもなかった。


 いったい、この番号にはどんな秘密があるのか。


 そんな風に蒼がぼんやりと考えに耽っていると、ふいにスマートフォンに着信がある。


 相手は香川かがわれんだった。


『——おい』


「なんだよ、香川」


『今日、警察署の前で〝未来コンポーネント〟って会社の人に声をかけられたんだけど』


「なんだよ、〝ミライコンポーネント〟って」


『俺にもわからない。さくら総馬そうまの知り合いだって言われたけど』


さくら総馬そうまの知り合い?」


『詳しいことは教えてくれなかったけど……怪しいんだよな』


「怪しいって、どこが?」


『目撃情報を覆した件で、やたら噛みついてきたんだ』


「なんで?」


『届けるのが遅いって言われて……』


「まあ、確かに今さらだけど」


『俺の決死の覚悟を、今さらとか言うなよ』


「ごめんごめん……それより、その〝ミライコンポーネント〟って会社の人がお前に接触した理由ってなんだ?」


『さあ……刑事さんと何か話してたけど、会話の内容まではわからなかったし』


「天久先生に通じてる人間かもしれないから、下手なこと喋るなよ」


『わかってるって。じゃあ、また何かあったら電話する』


「ありがとうな」


『お前のためじゃないって言っただろ』


「わかったわかった」


 通話を切ると、蒼はスマートフォンに向かってため息を吐く。


「〝ミライコンポーネント〟ね」


 蒼はスマートフォンで〝ミライコンポーネント〟という会社について調べた。


 まだ若い会社だが、AIで文章を自動生成する年賀状ソフトがそれなりに売れているらしい。


 年賀状ソフトと言っても年賀状だけではなく、多様な挨拶文が作れるらしいのだが。


「文字を読み込んで文章を生成……か。て、まてよ」


 蒼はスマートフォン用のAI搭載アプリに課金してインストールをしてみる。


 そして試しに授業用ノートを読み込ませてみるが——。


「これで遺書は作れない……よな」


 人工知能が文章の癖を学習して、時候に最適なあいさつ文を自動生成してくれたが、さすがに遺書までは作れなかった。


「そうだなよな。そんな簡単な話なら、悪用するやつが他にもいるだろうし……」


 蒼は年賀状ソフトに課金したことを悔やみながら、スマートフォンを閉じた。


「でも、気になるよな」


「——おい、息子」


 〝未来コンポーネント〟という会社が気になってぼんやりする中、蒼の病室に父親の栄一えいいちがやってくる。


 ゼリーや果物を持ってきた栄一を見た瞬間、蒼はあざとい笑みを浮かべた。


「父さん、ごめん」


「何がだ?」


「父さんのカードで高額課金しちゃった♡」


「なんだと!? あれほど課金厨には気をつけろと言ったのに」


「別に自分のために課金したわけじゃないし」


「どういうことだ?」


「実はさ……香川蓮から連絡があって、〝未来コンポーネント〟っていう会社の人が接触してきたらしいんだ。だからその会社について、今調べてるんだけど……父さん、〝未来コンポーネント〟って知ってる?」


「……そうか、香川くんのところにも来たのか」


「どういうこと?」


「私のところにも来た。蒼の自殺未遂の話を聞いて、遺書を見せてくれと言われたんだ」


「で、見せたの?」


「ああ。遺書だけ見たら去っていったけど」


「ふうん……やっぱり、天久先生の遺書と関係あるのかな?」


「遺書を見せた時、別の刑事さんもいたからな……」


「もしかして、天久先生の内通者ってこと?」


「かもしれない」


「じゃあ、〝未来コンポーネント〟って会社には気をつけた方がいいのかな」


「だが、そうとは限らないぞ」


「それはそうと、毒の入手先は確認できたの?」


「ああ、ネットの裏サイトで売買されている毒物のようだ。表向きは日本では認可されていない風邪薬だが……」


「どうしてわかったの?」


「天久先生のクレジットカードの記録をちょっとな」


「勝手に見たの?」


「大丈夫だ。刑事の友達が責任をとってくれるから。それより、毒の入手先がわかったところで、所持しているだけじゃ、天久先生を確実に捕まえるのは難しいぞ」


「だから、現行犯逮捕してもらうんだよ。でも毒だけじゃ弱いよな」


「お前の遺書が証拠になるんじゃないのか?」


「遺書も、先生が作ったって証拠がないと。実は自分で書いたんじゃないかと錯覚するほどよくできた遺書だったし。この遺書と先生を関連づけられたら、最大の武器になると思うんだけど……」


「そうだな。遺書を作ったということで、先生の殺意が証明されるといいな」


「やっぱりもう一度、電話してみるか」




 それから蒼は、櫻総馬の遺書に書かれていた番号に再び電話をしてみることにした。


 だが呼び出し音が続いても、相手はなかなか出ず。諦めかけていた蒼だが——。


「……さすがに二度目は出ない……か?」


『——はい、もしもし』


 ようやく通話が繋がった。


「……あの、俺……先日電話した者ですが」


『何度も言いますが、私はサクラソウマという方を存じません』


「そうですか……それで、あなたは……何をされている方なんですか?」


『申し訳ないですが、知らない方に勤め先をお教えするわけにはいきませんので』


「この番号、さくら総馬そうまの遺書の裏にあったと言いましたよね?」


『……』


さくら総馬そうまは俺の友達なんですが……どうしても気になって」


『……』


「それに、あいつが殺されたこと……まだ納得できなくて」


『……それで、どうして今さら電話を?』


(今さらってことは、櫻総馬がいつ死んだか知ってるってことだよな? やっぱり、櫻総馬さんのことを知ってるんだ、この人)


 蒼は短い逡巡の後、芝居がかった口調で告げる。


「俺……あいつのこと、大好きだったんです。でも遺書がニセモノだと言っても、誰も信じてくれなくて……でも、先日友達が目撃情報を覆したから、これでなんとかなるかもしれないと思って……もっと情報がほしくて、この番号に電話を……だから、もし櫻総馬について何か知ってるなら、教えてほしいんです!」


『目撃情報を覆した友達っていうのは、もしかして……』


香川かがわれんって言います」


『ああ、あの子か……』


「櫻総馬のことは知らないのに、香川蓮のことは知っているんですか?」


『……』


 蒼が訊ねると、しばらく沈黙が続くもの——そのうち電話の相手は自分の話をし始めた。


『あなたは天久透子をご存じですか?』


「知っています。俺はその人に、つい先日殺されかけたんです」


『先日? 殺されかけた……?』


「そうです」


『差し支えなければ、君の名前を教えてくれないか?』


蛍原ほとはらあおいと言います」


『蛍原蒼? まさか、最近自殺未遂した……』


「自殺未遂じゃありません。俺は天久先生に嵌められたんです」






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