第41話 遺書の秘密(蒼)



 さくら総馬そうまの遺書の裏にあった十一桁の番号。


 それがさくら総馬そうまの遺書に関わる電話番号だと考えた蒼は——試しに電話をかけてみるもの、番号の持ち主がひどく警戒していたため、収穫は得られず。

 

 それでも諦めずに電話をしてさくら総馬そうまの敵じゃないことをアピールしたところ、番号の主は蒼を試すように訊ねた。


『——あなたは天久あまひさ先生をご存知ですか?』


「知っています。俺はその人に、つい先日殺されかけたんです」


『先日? 殺されかけた……?』


「そうです」


『差し支えなければ、君の名前を教えてくれないか?』


蛍原ほとはらあおいと言います」


『ホトハラアオイ? ……まさか、自殺未遂した……』


「自殺未遂じゃありません。俺は天久先生に嵌められたんです」


 蒼が告げると、通話の相手はひと呼吸置いて静かに訊ねた。


『その話、詳しく教えてくれないか?』


「……あなたが天久先生の味方じゃないという証拠がないので、これ以上は言えません」


 そこまで言って、蒼はあえて言葉を途切った。


(この人、天久先生の名前に反応したってことは、やっぱり何か知ってるんだよな)


『……わかりました。なら、私のこともお話しますから、これからお会いできませんか?』


「病院内でよければ」


『では、すぐに参ります』


「えっと、先に名前だけ教えてもらえませんか? 会ってもわからないと思うので」


『はい。私は清武きよたけと申します』






 ***






 さくら総馬そうまの遺書の裏にあった電話番号の持ち主と会う約束をした蒼だが、まだ目を覚ましていない設定のため、病室で対面することになった。


 そして電話から数時間後、外が夕闇に変わる頃、病室のドアが静かに開いた。


 やってきたのは、三十代前半くらいの、マッシュショートの男だった。男はシャツにパンツというラフな服装をしており、まるで学生のような雰囲気があった。


「あの」


「あなたは……」


「さきほど電話でお話した……清武きよたけです。M高校の蛍原ほとはらあおいさんは意識不明だと伺いましたが……目を覚ましていたんですね」


「どうぞお座りください……俺が起きていることは、内密にお願いします。もっとも、あなたが天久先生側の人間なら、報告するでしょうけど……まあ、天久先生にバレた時は、あなたがバラしたこともバレるわけで……」


「私は彼女側の人間ではありません」


「そのことを証明できますか? さくら総馬そうまさんの知り合いではないと言っていたのに」


「それは、あなたが彼女……天久あまひさ透子とうこさんと繋がっている可能性があったからです。天久さん側の人間だと証明することはできませんが、信じてもらえませんか?」


「これから聞く話にもよります。それであなたは、何者なんですか? 櫻総馬さんと知り合いというには、年が離れているし……親戚でもありませんよね?」


「申し遅れましたが、私はこういう者です」


 清武が差し出した名刺には〝未来コンポーネント〟の文字があった。


 蒼は大きく瞠目する。


「もしかして、れんに嚙みついたっていう……」


「レン? 香川かがわれんくんのことですか?」


「はい」


「いやはや申し訳ない……噛みついたつもりはなかったんですが」


「〝未来コンポーネント〟の方が、俺の遺書を見に来たと聞きましたが」


「それも私です」


「どうして俺の遺書を?」


「実は……その遺書、弊社のソフトで作られたものかもしれないからです」


「あなたの会社って、AI搭載の年賀状ソフトですか?」


「よくご存じで」


「俺も好奇心でダウンロードしましたから」


「好奇心でダウンロードするには、少々高価なものだと思いますが」


「白状します。〝未来コンポーネント〟の方が嗅ぎまわってると聞いて、気になったので」


「……そうですか」


「それで、あのソフトで、どうやって俺の遺書が作られたんですか?」


「あなたは……本当にあの遺書が年賀状ソフトで作られたものだと?」


「違うんですか?」


「いいえ。違いません……蒼さんの遺書が……あなたが作ったものではないというのなら、弊社のソフトで作ったのだと思います」


「そうなんですか」


 天久透子の内通者に証拠が握り潰されている中、蒼には少しだけ光が見えたような気がした。


 今のところ、証拠にできそうな物は遺書しかないのだから。


「でも、いくらAIが学習して文章を生成すると言っても、あのアプリでは遺書が作れませんよね?」


「それが……プログラムを改ざんされたようでして」


「天久先生って、そんなことも出来るんですか?」


「といっても、アプリではなく、業務用のPCソフトのほうですが」


「その改ざんされたものはどこにあるんですか?」


「今も先生が使い続けているということは、天久先生のPCにあるはずです」


「天久先生のPC……」


「ええ。天久先生のPCを調べれば、わかると思います。蒼くんの遺書が作られたということは、まだあのソフトを使っているということですね」


「でも天久先生が捕まらない限り、PCも調べられないですよね。それに消されたら終わりじゃ?」


「削除されても、データの復元ならできますから」


「天久先生が遺書を作ってること、あなたはどうやって知ったんですか?」


さくら総馬そうまくんのおかげです」


さくら総馬そうまさんの?」


「亡くなる直前にお電話をいただいたんです。うちのソフトが天久先生に利用されていると」


「じゃあ、本当は櫻総馬さんとは面識があったんですね?」


「……はい」


「天久先生が遺書を作成したのなら、殺意の証明が可能になりますね」


「ですが、櫻総馬さんは自殺として片づけられたので……刑事さんと極秘で捜査しているところでした」


「この三年間で亡くなったのは櫻総馬さんだけですか?」


「ええ……ですから、とても可哀相なことをしました。まさか本当に命を狙われていたとは思わず……」


「櫻総馬さんは、どうして天久先生に殺されたんですか?」


「櫻総馬くんの詳しい事情は存じませんが……よくないものを見てしまったようでして……自分が死んだら警察に届けてほしいとおっしゃってました。ですが、警察に届けても、嘘の証言で自殺扱いに……」


「でも、天久先生が殺人で逮捕されれば、風向きは変わりますよね。遺書繋がりで権田ごんだ晴翔はるとかれた件も再捜査してくれるかもしれない。毒物を購入した形跡もあるし」


「殺人で逮捕ですか? まさかあなた、犠牲になるつもりじゃ……」


「まさか! 俺は死にませんよ。でも俺を殺そうとしているので、罠にかかってあげないと」


「危険じゃありませんか?」


「大丈夫、父や友達がいますから。それにきっと櫻総馬さんも見守ってくれてるはず」






 ***






 病室から清武きよたけが去った後、蒼は少し考えて優斗を呼び出した。


 すると、慌ててやってきた優斗が蒼の病室に顔を出す。


「おう、優斗」


「……はあ、どうしたの蛍原? こんな時間に呼びだすなんて」


「お願いがあるんだけど」


「なに?」


 不敵な笑みを浮かべる蒼に、目を丸くする優斗。


 それから蒼は笑みを消すと、まっすぐ優斗の目を見て告げる。


「悪いけど、天久先生を煽ってくれないか?」


「……俺が? 天久先生を?」


「やっぱり……辛いか?」


「……ううん。言いたいことならたくさんあるから、煽るくらいできると思う。……で、何を言えばいいの?」


「俺のために死ぬとでも言えば、あの先生も動揺するんじゃない?」


「蒼のために死ぬ……か。それも悪くないね」


「おいおい」


「わかった。俺が先生を逆上させればいいんだね?」


「そういうこと」


 優斗が蒼の意図を理解したと同時に、蒼は再び笑みを浮かべるが——そんな蒼から目を逸らした優斗は、覚悟を決めたように拳を握った。






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