第41話 遺書の秘密(蒼)
それが
それでも諦めずに電話をして
『——あなたは
「知っています。俺はその人に、つい先日殺されかけたんです」
『先日? 殺されかけた……?』
「そうです」
『差し支えなければ、君の名前を教えてくれないか?』
「
『ホトハラアオイ? ……まさか、自殺未遂した……』
「自殺未遂じゃありません。俺は天久先生に嵌められたんです」
蒼が告げると、通話の相手はひと呼吸置いて静かに訊ねた。
『その話、詳しく教えてくれないか?』
「……あなたが天久先生の味方じゃないという証拠がないので、これ以上は言えません」
そこまで言って、蒼はあえて言葉を途切った。
(この人、天久先生の名前に反応したってことは、やっぱり何か知ってるんだよな)
『……わかりました。なら、私のこともお話しますから、これからお会いできませんか?』
「病院内でよければ」
『では、すぐに参ります』
「えっと、先に名前だけ教えてもらえませんか? 会ってもわからないと思うので」
『はい。私は
***
そして電話から数時間後、外が夕闇に変わる頃、病室のドアが静かに開いた。
やってきたのは、三十代前半くらいの、マッシュショートの男だった。男はシャツにパンツというラフな服装をしており、まるで学生のような雰囲気があった。
「あの」
「あなたは……」
「さきほど電話でお話した……
「どうぞお座りください……俺が起きていることは、内密にお願いします。もっとも、あなたが天久先生側の人間なら、報告するでしょうけど……まあ、天久先生にバレた時は、あなたがバラしたこともバレるわけで……」
「私は彼女側の人間ではありません」
「そのことを証明できますか?
「それは、あなたが彼女……
「これから聞く話にもよります。それであなたは、何者なんですか? 櫻総馬さんと知り合いというには、年が離れているし……親戚でもありませんよね?」
「申し遅れましたが、私はこういう者です」
清武が差し出した名刺には〝未来コンポーネント〟の文字があった。
蒼は大きく瞠目する。
「もしかして、
「レン?
「はい」
「いやはや申し訳ない……噛みついたつもりはなかったんですが」
「〝未来コンポーネント〟の方が、俺の遺書を見に来たと聞きましたが」
「それも私です」
「どうして俺の遺書を?」
「実は……その遺書、弊社のソフトで作られたものかもしれないからです」
「あなたの会社って、AI搭載の年賀状ソフトですか?」
「よくご存じで」
「俺も好奇心でダウンロードしましたから」
「好奇心でダウンロードするには、少々高価なものだと思いますが」
「白状します。〝未来コンポーネント〟の方が嗅ぎまわってると聞いて、気になったので」
「……そうですか」
「それで、あのソフトで、どうやって俺の遺書が作られたんですか?」
「あなたは……本当にあの遺書が年賀状ソフトで作られたものだと?」
「違うんですか?」
「いいえ。違いません……蒼さんの遺書が……あなたが作ったものではないというのなら、弊社のソフトで作ったのだと思います」
「そうなんですか」
天久透子の内通者に証拠が握り潰されている中、蒼には少しだけ光が見えたような気がした。
今のところ、証拠にできそうな物は遺書しかないのだから。
「でも、いくらAIが学習して文章を生成すると言っても、あのアプリでは遺書が作れませんよね?」
「それが……プログラムを改ざんされたようでして」
「天久先生って、そんなことも出来るんですか?」
「といっても、アプリではなく、業務用のPCソフトのほうですが」
「その改ざんされたものはどこにあるんですか?」
「今も先生が使い続けているということは、天久先生のPCにあるはずです」
「天久先生のPC……」
「ええ。天久先生のPCを調べれば、わかると思います。蒼くんの遺書が作られたということは、まだあのソフトを使っているということですね」
「でも天久先生が捕まらない限り、PCも調べられないですよね。それに消されたら終わりじゃ?」
「削除されても、データの復元ならできますから」
「天久先生が遺書を作ってること、あなたはどうやって知ったんですか?」
「
「
「亡くなる直前にお電話をいただいたんです。うちのソフトが天久先生に利用されていると」
「じゃあ、本当は櫻総馬さんとは面識があったんですね?」
「……はい」
「天久先生が遺書を作成したのなら、殺意の証明が可能になりますね」
「ですが、櫻総馬さんは自殺として片づけられたので……刑事さんと極秘で捜査しているところでした」
「この三年間で亡くなったのは櫻総馬さんだけですか?」
「ええ……ですから、とても可哀相なことをしました。まさか本当に命を狙われていたとは思わず……」
「櫻総馬さんは、どうして天久先生に殺されたんですか?」
「櫻総馬くんの詳しい事情は存じませんが……よくないものを見てしまったようでして……自分が死んだら警察に届けてほしいとおっしゃってました。ですが、警察に届けても、嘘の証言で自殺扱いに……」
「でも、天久先生が殺人で逮捕されれば、風向きは変わりますよね。遺書繋がりで
「殺人で逮捕ですか? まさかあなた、犠牲になるつもりじゃ……」
「まさか! 俺は死にませんよ。でも俺を殺そうとしているので、罠にかかってあげないと」
「危険じゃありませんか?」
「大丈夫、父や友達がいますから。それにきっと櫻総馬さんも見守ってくれてるはず」
***
病室から
すると、慌ててやってきた優斗が蒼の病室に顔を出す。
「おう、優斗」
「……はあ、どうしたの蛍原? こんな時間に呼びだすなんて」
「お願いがあるんだけど」
「なに?」
不敵な笑みを浮かべる蒼に、目を丸くする優斗。
それから蒼は笑みを消すと、まっすぐ優斗の目を見て告げる。
「悪いけど、天久先生を煽ってくれないか?」
「……俺が? 天久先生を?」
「やっぱり……辛いか?」
「……ううん。言いたいことならたくさんあるから、煽るくらいできると思う。……で、何を言えばいいの?」
「俺のために死ぬとでも言えば、あの先生も動揺するんじゃない?」
「蒼のために死ぬ……か。それも悪くないね」
「おいおい」
「わかった。俺が先生を逆上させればいいんだね?」
「そういうこと」
優斗が蒼の意図を理解したと同時に、蒼は再び笑みを浮かべるが——そんな蒼から目を逸らした優斗は、覚悟を決めたように拳を握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます