第42話 行動の表裏(優斗)
蒼に
職員室にいないなら生徒指導室にいるだろう、と蒼が言った通りだった。生徒指導室の前まで来ると、ドアの向こう側から透子の声が聞こえた。
『あなたたち、失敗ばかりね』
優斗がドアに耳を近づけると、知らない男子生徒の声も聞こえてくる。
『けど、言う通りにしたからな! 俺たちのバイトは……』
どうやら天久透子は、協力関係にある男子生徒と話しているらしい。蒼を襲った人間だろう。
不穏な雰囲気に優斗が固唾を飲む中、透子はさらに告げる。
『いいわ。バイトくらいさせてあげる。親のいないあなたたちからバイトを取り上げたら、大変ですものね』
『……じゃあ、俺たちはこれで』
そこまで聞いて、優斗は慌ててドアから離れる。すると、蒼を襲った男子生徒たちが生徒指導室から出てくる。
優斗は慌てて通行人のふりをしてやり過ごすと——男子生徒たちが去るのを見届けた後、生徒指導室のドアをノックする。
「……あの子、しぶといわね——ん?」
「先生」
生徒指導室に入ると、天久透子が満面の笑みで出迎えた。
優斗は恐怖に駆られるもの、震えそうになるのを堪えて真剣な顔を作る。
すると、透子は始業のベルが鳴ってもおかまいなしに告げた。
「あら、優斗くん。あなたから声をかけてくれるなんていつぶりかしら? 先生、嬉しいわ」
優斗が自分から会いに来たことを素直に喜ぶ透子に対して、優斗は鋭い目を向ける。
「俺は先生を絶対に許さないから」
透子は驚いた顔をしていた。これほどまでに敵意を向けたことなど今までになかったからだ。従順で可愛い優斗、そのイメージを壊したかった。
「……優斗くん?」
「もし蒼がこのまま目を覚まさなかったら、俺も死ぬから」
優斗の言葉に黙り込む透子だったが、おそらく自己中心的な考えを巡らせているに違いない——透子が歪んでいることを知った上で、優斗はあえて挑発したのだった。
それが蒼の狙いだからだ。
そして優斗が生活指導室を出ると、彼の思惑通り、ドアの向こうから声が聞こえた。
「やっぱりあの子にはいなくなってもらわないとダメね。そうすればきっと、優斗くんは諦めてくれるはずだわ」
嬉しそうに声を弾ませる透子の声を聞き、ドアの前にいる優斗は小さく笑った。
***
生徒指導室で透子に宣戦布告をした優斗は、そのまま早退し、蒼の病院へと向かった。
そして蒼に全てを報告すると、優斗は清々しさいっぱいで伸びをする。
「これで先生が蒼に殺意を持ってくれれば万々歳だね」
これまで反抗らしい反抗が出来なかった優斗は、透子に自分の気持ちを告げられたことが嬉しかった。
そんな風にやりきった優斗を見て、先客の
「殺意を持つように誘導するのもどうなの?」
すると、ベッドに座る蒼が呆れたように告げる。
「普通の人はこんなことで殺意持ったりしないだろ」
「それもそうだよね」
蓮が納得するのを見て、蒼は独り言のように懸念を口にする。
「あとは天久先生を油断させないとな。父さんや警察が裏で動いてることを知ったら、きっと簡単には襲って来ないだろうから……父さんが事件に対して消極的になっているところを見せないと」
「それってどうするの?」
首を傾げる優斗に、蒼は不敵な笑みを向ける。
「優斗とはもう関係ないってところを見せないと。天久先生の見えるところで優斗と父さんに喧嘩でもしてもらえばいいんじゃない?」
「ケンカなんて、
蓮が指摘すると、蒼は唸る。
「……確かにそうだけど」
だが優斗は透子に宣戦布告したことで自信がついたのか、胸を張って言った。
「その辺は俺に任せてよ。要は、蒼から離れればいいんだよね」
***
それから天久透子を油断させるため、蒼から離れることを決めた優斗は、罠を張るべく病院の廊下で待機していた。
蒼を手にかけるなら、透子は必ず病院に下見に来るはず——という蒼の予想は当たって、透子は単独で病院にやってきた。
階段で待機していた蓮は、透子の姿を目にすると、スマートフォンにそっと声を吹き込んだ。
『——先生が来たよ』
その声をスマートウォッチ越しに聞いた蒼の父親——
そして栄一と優斗は、わざと透子の見える場所まで移動すると、透子の次の行動を待った。
すると、透子は栄一たちの姿を見つけた。
「……あら、優斗くんがいるわ。そしてあれは……蒼くんの父親ね。どこに行くのかしら?」
『よし、先生がかかったぞ』
別の場所で、透子の行動を確認した蓮の声がスマートウォッチから聞こえると、栄一は前を向いたまま小さく答える。
「了解」
そして栄一と優斗は、人のいない屋上に向かった。
大量のベッドシーツが干されている屋上で、栄一は優斗に向かって真剣な顔で告げた。
「優斗くん。突然呼び出してすまない」
「いいえ。初めまして(だよね?)蒼のお父さん」
「キミを呼んだのは、蒼の件でだけど……キミにお願いがあるんだ」
芝居だとわかっていても、栄一の声は真剣そのもので——その違和感のなさに、優斗は驚いた顔をする。
だがここで失敗するわけにはいかず、優斗も慌てて真剣な顔を作る。
「なんでしょうか?」
「蒼から離れてくれないだろうか?」
「え?」
「全ての元凶はキミとあの教師だろう? だから、キミさえ離れてくれれば、先生もこれ以上、蒼に手を出さないはずだ」
栄一の残酷な言葉。
芝居だとわかっていても、優斗にはダメージが大きく、自然と躊躇いがちに瞳が揺れた。
栄一は続ける。
「キミには酷なことだと思う。けど、これはキミのためでもあるんだ。キミも、蒼が何かされたらイヤだろう?」
「……はい」
「だから頼むよ」
栄一のお願いに、優斗は拳を強く握りしめる。
「わかりました。もう二度と、蒼には近づきません」
「本当かい? 理解が早くて助かるよ」
「はい……俺は、もう二度と……蒼くんには……近づきません」
芝居とは思えない栄一の雰囲気に、優斗も渾身の演技で対抗した。
そしてちらりと後ろを
(よし、先生が見てる……あとは、病室に行って、最後の仕上げだね)
それから蒼の病室へと移動した優斗は、ベッドで寝たふりをする蒼の顔に向けて、独白めいた言葉を吐いた。
「蛍原……ごめんね。散々迷惑かけて。俺、蛍原たちといて本当に幸せだった。けど、俺のせいでこんな目に遭うなら、やっぱり一緒にはいられないよね。今までありがとう。そしてさようなら……」
これで完璧だと思った優斗だった————が。
気づくとドアが開いて、予定とは違う相手に遭遇する。
「優斗くん?」
「え? 山路?」
(先生じゃなくて、どうして山路が?)
透子に見せつける予定だった行動は、どうやら芽衣に見られていたらしい。
予想外の来客に優斗が動揺する中、芽衣がそんな優斗に詰め寄る。
「今の……どういうこと?」
(まずい、山路に聞かれちゃった? どうしよう)
「ごめん、俺、用があるから帰るよ」
「優斗くん!」
思わず逃げ出した優斗だが、芽衣がそれ以上追ってくることはなかった。
***
それから芽衣が病院を出たのを見計らって、蒼の病室に戻った優斗だが。
待ち構えていたのは、仁王立ちで眉間を寄せる蒼だった。
「おい、優斗。何やってるんだよ」
「ごめん、よりリアルにするために、お前のところで可哀相な俺を演じたんだけど……まさか先生じゃなくて山路に見られるとは思わなくて」
「これからどうするんだよ」
「山路の前でも演技しないと」
「もう、お前はしばらく芽衣と会うな」
「どうしてだよ」
「お前ばっかり一緒にいてずるいんだよ」
蒼の本音に、一緒にいた蓮が呆れた顔をする。
「それって、ただのヤキモチでしょ」
「でも、事情を説明するわけにもいかないだろ?」
「そうだけど」
「だから、俺が天久先生を捕まえるまで芽衣とは喋るなよ」
蒼に言われて、優斗はしぶしぶ頷いた。
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