第43話 祭のあと(蒼)
翌日の放課後。
芽衣を無視するはずが、巧妙な泣き落としに負けた優斗は、蒼から離れたことを芽衣に言わざるをえなくなった。
そして蒼の父親に抗議すると息巻く芽衣をどうすることもできず。
失敗した優斗は、その事実を蒼に報告するしかなかった。
「どうしよう、
病気でもないというのに、なぜか総合病院の個室を陣取っている蒼に、優斗は泣きそうな目を向ける。
すると、蒼は面倒くさそうにため息を吐いた。
「今度は何だよ」
「今日、山路に捕まって……」
「あれほど芽衣とは喋るなって言ったのに」
「だって、あんなに泣き真似が上手いとは思わないし」
「お前、芽衣に騙されたんだな?」
「うん。俺が蛍原から離れる意思を伝えたら……山路が栄一さんに抗議してくるって……」
「さすが俺の芽衣だな。あいつなら、そうするよな」
誇らしげに鼻息を荒くする蒼に、すっかり仲良くなった
「山路さんて蛍原さんの恋人なの?」
蓮の素朴な疑問に、蒼は腕を組んで堂々と告げる。
「これからだよ」
「ああ、蛍原さんの思い込みか」
「違う。芽衣は俺のこと好きだから」
「蛍原さん……天久先生のこと言えないよね」
「俺をあの変態教師と一緒にするなよ。俺はまだ芽衣とは……」
言葉を濁した蒼の代わりに、優斗が笑顔で告げる。
「キスすらしてないもんね」
すると、蒼はみるみる青ざめて、優斗を睨みつけた。
「何で知ってるんだよ」
「バレバレだよ。だって蒼と恋人ごっこしたときの反応が……」
優斗が呆れた顔で告げると、蓮がぎょっとする。
「恋人ごっこ? 何してんの、あんたたち……」
「おい、変な目で見るなよ! 天久先生を煽るためにちょっと芝居を打っただけだ」
慌てる蒼を見て、クスリと笑った優斗は、次の行動を確認する。
「それで、あとは先生が仕掛けてくるのを待つんだよね」
「そろそろ病室を占領するのも難しくなってきたしな」
蒼の苦言に、ふと蓮が真剣な顔をしてドアを見る。
「おい、誰か来るよ」
蓮の言葉に、蒼と優斗は息を飲んだ。
***
誰かが来る気配を察して、優斗と蓮は蒼の病室を出ていった。
そして再び寝たふりをする蒼の元に、忍ぶような足音がやってくる。
静かに入室した人物は、蒼の元までやってくると、突然、小声で何かを呟き始めた。
「……ごめんなさいね。でも仕方がないのよ」
(こいつ……天久先生の刺客か?)
蒼がうっすら目を開けて確認すると、やってきたのは短髪の若い看護師だった。
看護師はバイアル瓶と注射器を手にして蒼に近づくが——いざ、蒼を目の前にすると、
「この子には罪なんてないのよね……どうしよう。やっぱり私にはできないわ。でもこのままじゃ、お父さんの借金は膨らむばかりだし……でも、だからって、こんなことしていいはずないし……どうしよう」
天久透子が差し向けた刺客であろう看護師は、蒼を前にして戸惑っていた。
だが困惑しているのは、蒼も同じだった。
(はやく決めろよ)
寝ているフリをしながらも、蒼は看護師が行動に移す瞬間を待ち構えていた。
現行犯で捕まえるためだ。
だが蒼の苛立ちとは裏腹に、看護師は悩み続けた。
「ダメダメ、このままじゃ私も家族も不幸になるわ。やっぱり実行しなきゃ……けど、こんなことして捕まったらどうするのよ。でもでも……」
(だからどっちだよ……)
犯罪に手を染めないなら、それはそれで良いのだが、こうも迷いを見せられると、蒼も苛立ちばかりが募った。
それでも蒼が無言を貫く中、看護師は一人で喋り続ける。
「やっぱりやるしかないわよね。ちゃんと海外に逃してくれるって言ってるし……でも、だからって、やっぱりこんなこといけないわよね」
(イライラするやつだな)
「ああ、どうしましょう。なんて可哀想な私なの」
(やるなら早くしろよ……)
「それにしてもこの子可愛い顔してるわね。なんかムカつく」
(はあ!?)
「こういう子に限って何でも持ってたりするのよね。理不尽な話だわ」
(おい、喧嘩売ってんのか)
「何だか腹が立ってきたわ…私だって、こんな顔で生まれてチヤホヤされたかったわよ」
(……)
「やっぱり、私が幸せになるために……犠牲になってもらうわ」
ようやく覚悟を決めた看護師は、バイアル瓶から注射器に液体を注入し始める。
そして看護師が注射器を持って蒼に近づいた瞬間——蒼は、看護師の腕を掴んだ。
「——はい、そこまでだ」
「きゃあああああああ!」
身を起こした蒼を見て、まるで幽霊でも見たかのように悲鳴をあげる看護師。
「もう……やっとかよ」
疲れた顔で大きな息を吐く蒼の傍ら、病室のドアがスライドして開く。
看護師の行動は、優斗や蓮もドアの隙間から全て見ていた。
そして一部始終をスマートフォンで撮影していた蓮が、ぺろりと舌を出す中——看護師の悲鳴を聞きつけた栄一や芽衣、それにスーツの警官たちがやってくる。
こうして毒物を投与する寸前で、若い看護師を現行犯逮捕したことで、毒を確保した指示役の天久透子も捕まり、蒼の寝たふり作戦は成功に終わった。
また遺書を作成するために改ざんされた年賀状のプログラムと蒼の遺書が、殺意の証明とされ——そこから芋づる式で天久透子の罪は露見していった。
***
こうして天久透子の
病院の休憩室で優斗と待ち合わせた蒼は、他愛ない話をしつつも優斗の女嫌いを克服させるため、合コンを提案したのだが。
そこでなぜか、優斗は蒼のことを指摘した。
「蛍原のことを好きなのは、山路だけじゃないってこと」
そう言った優斗は、
気づいていないフリをした方が良いと、そう蒼の本能が言っていた。
そしてはぐらかすように笑う蒼だが——。
「俺はよそ見なんてしないから、大丈夫だよ」
優斗は食い入るように蒼を見つめる。
「ほんとに?」
「ああ、ホントだ」
「じゃあ、試してみようかな」
優斗は笑みを消して蒼に接近する。何やら異様な雰囲気を感じ取った蒼は、少しずつ後ずさるが——そのうち背中が壁にぶつかった。
すると、優斗はそんな蒼の首元の壁に手をついた。
休憩室の壁に追い詰められた蒼は、息を飲んだ。
————が、その時。
「あんたたち、何やってるんだよ。変な雰囲気出して」
休憩室に、香川蓮がやってきた。
蒼がさりげなくホッとしていると、優斗は苦笑する。
「いいところだったのに」
「何がいいところだよ。まだ天久先生のことは終わってないんだから」
蓮の言葉に、蒼は眉間を寄せる。
「終わったも同然だろ」
「わからないよ。天久先生のこれまでの行動を考えたら、まだどこかにパイプを隠し持ってるかもしれないし」
「父親も捕まったから、その辺は心配ないだろ」
「でも、なんか嫌な予感がするんだよ」
「嫌な予感?」
「うん……何もなければいいけど」
蓮の不安な顔は、蒼に胸騒ぎを覚えさせた。
***
翌週の登校日。
ようやく普通の日常が戻った蒼は、朝から芽衣を自室に呼び出すと——いつものように芽衣に向かってパジャマの手を伸ばした。
「芽衣、着替えさせて」
すると、芽衣は呆れた顔で蒼に告げる。
「もう、病院では自分で着替えてたんでしょ? 着替えくらい一人でしなよ。それとも看護師さんに着替えさせてもらったの?」
「気になる?」
蒼がニヤニヤしながら訊ねると、芽衣は少しだけ目を泳がせながら小さく口を開いた。
「別に……看護師さんは仕事だから、着替えくらい手伝うかもしれないし」
「そうじゃなくて、芽衣以外の人が俺の体に触れるとか、嫌じゃない?」
「優斗くんも手伝ってるし」
「そうじゃなくて……」
「そういえば今日は優斗くん遅いね」
「そりゃ、俺たちに遠慮してるんだろ。芽衣とは久しぶりに会うし」
「優斗くんだって、蒼と会うのは久しぶりでしょ?」
「そうでもない」
「どういうこと? 蒼と優斗くんって、隠れて会ってたの?」
「なんかその言いかた、まるで俺が浮気したみたいだな」
「私だけ除け者にして、二人だけ会ってるなんてズルい」
「芽衣を巻き込むわけにはいかなかったんだよ」
「優斗くんだって巻き込んでるじゃない」
「優斗は天久先生を釣るのに必要だったの」
「やっぱり、私だけ仲間はずれって嫌だな」
「大丈夫、これからは俺が芽衣から離れないから。一分足りとも」
「蒼は相変わらず甘えん坊なんだから」
「そうじゃないだろ。いいかげん、気づけよ」
「何が?」
「もう何年だよ、俺の着替えを手伝って」
「わかんないけど、長いよね」
「だったら、俺の気持ちもわかるだろ?」
「いや、わかんないけど。幼馴染に着替えを手伝わせる気持ちって何よ」
「だから、俺が着替えを手伝わせるのは、お前だけで——」
蒼が言いかけた時、ふいにバタバタと忙しい足音が聞こえた。
そして足音が蒼の部屋に近づいたと同時に、勢いよくドアが開かれる。
「蒼、芽衣ちゃん、大変だ!」
現れたのは、血相を変えた栄一だった。
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