第17話 押しかけ教師(芽衣)
男子生徒に襲われかけた時の写真が何者かによって掲示板に貼られた。それにより、教頭に呼び出された蒼だったが、襲われた被害者として扱われたわけではなかった。
まるで蒼が男子生徒を誘っているような雰囲気の写真を見て、教頭は風紀を乱したとみなし、蒼の両親まで呼び出したのだった。
そしてその翌日、いつも通りに登校した蒼と一緒に食堂で食事をした芽衣は、周りの目を意識しながら、小声で訊ねる。
「——で、あれからどうなったの?」
「もちろん、うちのモンペたちが頑張ったよ」
「ちょっと! 優しいご両親をモンスターペアレンツ扱いするなんてひどいよ」
「俺が家に帰って涙ながらに訴えたら、両親が激高して……教頭をクビにしろって騒いでた。署名を全校生徒の保護者から集める勢いだったよ」
「教頭に写真が証拠だとか言われなかったの?」
「うちの顧問弁護士いわく、あんな写真だけじゃ証拠にはならないってさ」
「まあ、そうだろうね」
「あの教頭が頭弱くて良かったよ」
「教頭のこともそうだけど、それよりもさ……蒼の変な噂が広まって大変じゃない?」
「噂なんて知るかよ」
「ラブレターがさらに増えたって聞いたけど」
「何人かに『俺が守ってあげる』って言われた」
「そっか……いっそ守ってもらったら?」
「それ以上言ったらお前を嫁にもらうぞ」
「なんでそういう話になるのよ」
***
「芽衣、着替えさせて」
「そういうのは、優斗くんに任せてるから」
「芽衣じゃなきゃ嫌だ」
さらに翌朝。
いつものように蒼のマンションにやってきた芽衣だが、蒼はいつにも増して駄々をこねていた。
口を膨らませて子供のように振る舞うのは、わざとだろう。
(でも今の私にはそんなの通用しないんだから)
甘えん坊モードの蒼は厄介だが、芽衣も毎回付き合うつもりはなかった。
「寝言は寝て言ってください」
「芽衣……どうしてそんなに冷たいの? 俺は幼少の頃から家族に甘えられなくて——」
「なら、優斗くんに甘えなよ」
「なんでそうなるんだよ」
「優斗くんなら甘え放題だよ?」
「……芽衣はそんなに俺のことが嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど」
「じゃあ好き?」
じっと見つめられているせいか、答えにくい芽衣は、視線をそらして「まあ好きなんじゃない?」と返した。
だが、蒼はそれを不服に思ったらしく、芽衣の視界に回り込む。
「ねぇ、好き?」
「はいはい、かもしれないね。私はご飯作ってくるから、あとは優斗くんに任せるね」
「おい、かもしれないってなんなんだよ!」
蒼の訴えを背に、芽衣は慌てて部屋を出る。
そしてドアにもたれるようにして、ホッと息を吐く。
「危なかった。もうちょっとで流されるとこだったかも」
蒼のことが嫌いなわけではないが、さすがに『好き』とは言えず、逃げるよにして台所に入った。
「今日はハムチーズのサンドイッチでいいかな」
蒼に栄養のあるものを食べさせるために、家でも少しずつ料理をするようになった芽衣は、不器用に包丁を握る。
芽衣よりも華奢な蒼にもう少し太ってほしいため、頑張っているのは蒼には内緒だった。
***
「いただきます」
リビングのテーブル前で手を合わせる蒼を、向かいの芽衣は微笑ましい顔で見つめる。
甘えん坊の相手は面倒だが、手料理を食べてもらうことには少しだけ喜びを感じるようになっていた。
「いっぱい食べて大きくなりなよ~」
「芽衣はたまに親戚のおばちゃんみたいなこと言うよな」
複雑そうな顔をする蒼だが、比べて芽衣は蒼の言葉をポジティブに捉えていた。
「その親戚のおばちゃんとは気が合うと思うよ」
「普通は嫌だろ」
「何が?」
「親戚のおばちゃんにたとえられて」
「全然」
むしろ親戚のおばちゃんと思われて歓迎と言わんばかりな芽衣に、蒼の隣に座っていた優斗が吹き出した。
「ぷっ、
「優斗くん、それって褒めてるの?」
「もちろん。山路は将来良いお嫁さんになると思うよ」
「え? ほんとに? 優斗くんにそう言ってもらえるなんて、自信がつくなぁ」
「嬉しそうな顔しやがって」
「蒼も優斗くんの爪の垢煎じて飲ませてもらえばいいと思うよ?」
「なんでそうなるんだよ」
***
「おはよう、優斗くん」
「おはようございます」
登校早々、廊下で天久透子に声をかけられた優斗は、無機質な笑みを浮かべた。
どんな人間に対しても笑顔で対応できる優斗を、尊敬すらするが——芽衣はどうしても笑えず、静かに会釈だけしてみせた。
「優斗くん、今日は優斗くんの家に行くからね」
「……え?」
優斗が愕然とするのを見て、芽衣は思わず副担任を睨みつける。
「家まで押しかけるなんて……優斗くんをどうするつもりですか?」
「どうするも何も、私は優斗くんとお付き合いしているんですもの。ご家族にご挨拶するのは当然のことでしょう?」
(――この人、ヤバい)
危険を感じた芽衣は、真っ青な優斗の手を引いて、蒼の教室に向かった。
「——ねぇ、蒼!」
窓際の席で欠伸をしていた蒼は、突然やってきた芽衣を見て驚いた顔をする。
「なんだよ。もう授業が始まるぞ」
「お願いがあるの」
「お願い? どうしたんだ? 優斗の顔、真っ青だけど」
「今、天久先生に——」
それから芽衣は天久透子に言われたことを蒼に報告した。
「……なに? あいつが家に来る?」
「そうなの。だから、蒼の家に優斗くんを保護してあげてほしいの」
「え?」
芽衣の提案に優斗が目を瞬かせる傍ら、蒼も目を丸くしていた。
その後、授業を控えていることもあり、芽衣たちは昼休みに再び集まることを約束して解散した。
そして昼休み。人でごった返した食堂で、なんとか席を確保すると——蒼はさっそく本題に入った。
「俺の家に優斗を泊めるのは別にいいけど……」
優斗を蒼の家に泊めるという芽衣の提案に蒼は賛成だった。
だが優斗は、遠慮がちに告げる。
「でも、それだと
「迷惑とは思わないけど。あいつが優斗の家に行ったとしても、母親が追い返してくれるんじゃないのか?」
「先生が家に来るだけでも、優斗くんの精神衛生上良くないと思うよ」
「だろうな……わかった。俺のところに来いよ。なんなら、一泊してくか? 今日は両親ともに出張でいないんだ」
「……え?」
「なんだよ、イヤなのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
優斗は、複雑そうな顔をしていた。
人に迷惑をかけるのが嫌なのだろう。優斗が蒼と違って、気を遣う人間だということは、芽衣もわかっていた。
するとそんな優斗の性分をわかってか、蒼は冗談混じりに告げる。
「あの女の顔を見るよりは、俺の顔みてるほうがマシだろ」
「なんだよそれ」
「お、久しぶりに笑ったな」
「ほんとだ」
天久透子が学校に来るようになり、まともに笑わなくなった優斗だったが、久しぶりに彼の笑顔を見て、芽衣は安堵すると同時に嬉しくなる。それは蒼も同じらしく、優斗を見る蒼の顔が、いつになく優しいものになっていた。
「じゃあ、お言葉に甘えて、泊めてもらおうかな?」
「おう、ベッドくらい、いくらでも貸してやるよ」
「うん……ありがとう」
「どうせなら、私も一緒に泊まろうかな?」
「はあ!?」
「
たしなめる優斗だが、芽衣は笑って告げる。
「でもきっと、蒼の家に泊まっても、うちの家族は怒らないと思うよ」
「信用されすぎるのも困りものだな」
なぜか蒼は、頭を抱えていた。
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