第28話 家庭訪問(蒼)


「家庭訪問だと? 天久あまひさ先生が?」


 病室のベッドに寝転がっていた晴翔はるとが、身を起こした。


 交通事故に巻き込まれた晴翔は、検査で異常は認められないもの、大事をとって入院していた。


 そして今日も派手な服装——赤いトレーナーで見舞いにやってきた蛍原ほとはらあおいは、ため息混じりに告げる。


「いや、うちの担任が来るんだよ」


「だったら、何も問題ないんじゃ?」


「もはやうちの学校で、天久先生の息がかかってない教師はいないだろ」


「そこまで……天久先生って何者だよ」


「父親は議員秘書で、母親は教育委員会会長だってさ」


「へぇ……」


「おまけに先生の祖父はお前の中学の校長だよ」


「だからって、どうすればここまで校内の権力を掌握できるんだ?」


「さあな。さくら総馬そうまなら、知ってるかもしれないけど」


さくら総馬そうまが?」


「くそう、生きてたら助けてやりたかったな」


蛍原ほとはらお前……そんなに正義感強かったっけ」


「別に他人はどうでもいいけどさ、優斗のことがどうしても放っておけないんだよ。さくら総馬そうまが生きていたら、優斗もあそこまで天久先生を怖がることもなかったと思うんだよ」


「……そうだな。お前の話を聞いていなければ、仲間なかまのことを誤解したままだったな」


香川かがわも言ってたよ。優斗ゆうとも被害者ってこと、やっとわかったって」


れん天久あまひさ先生も仲間なかまも嫌いだったからな」


「だろうな……じゃあ、そろそろ俺は行くよ。家庭訪問に向けて準備しないといけないし」


「準備?」


「ああ、俺が迎え撃ってやるよ」






 ***






 ————翌日。


 家庭訪問ということで、担任の男性教師が蒼のマンションを訪れた。


 どこか落ち着きのない担任は、玄関先の蒼におそるおそるといった感じで訊ねる。


「こんにちは、お母様はいらっしゃいますか?」


「今日は母がいないので、父が対応します」


「そうですか」


「どうぞお上がりください」


「ええ、ありがとうございます」


「お茶を用意しますね」


「……」


 いつになく口数の少ない男性教師は、どこか怯えているようにも見えた。 


(この緊張感……先生が何か用意してきたのは間違いない)


「どうぞ、粗茶ですが」


 蒼はリビングソファに担任を座らせると、お茶を用意した。


 シャツにニットを羽織った蒼は、落ち着いた雰囲気を醸していた。その堂々とした様子を見て、担任は感心したように息を吐く。


「蛍原くんは……なにごとも丁寧ですね。蛍原くんの親御さんもさぞかし素晴らしい方なのでしょうね」


「やだな、両親とは何度もお会いしてるじゃないですか。父母の会や懇談会で」


「……あ、あの」


「どうかしましたか?」


「いえ」


「父が来るまで、もう少々お待ちください」


 蒼はわざと席を外して、担任を部屋に一人にした。


(何か仕掛けるとしたら、今だよな)


 蒼はスマートフォンを確認する。


 担任の行動を把握するため、全ての部屋にカメラを仕掛けており、スマートフォンで確認できるようにしていた。


 そして案の定、担任は飲み物に何かを混ぜた。


 ————が、それは家族の食器ではなかった。


「自分の飲み物に混ぜた? って、まさか——」


 自室でスマートフォンを眺めていた蒼は、すぐにリビングへと移動した。


「先生! やめろ!」


 だが蒼が叫んだところで間に合わず、リビングソファで教師が崩れた。


「なんだ? 何があったんだ?」


 寝室でスーツを着替えていた蒼の父親も、慌ててリビングにやってくる。


 蒼はあとからやってきた父親に向かって、努めて冷静に告げる。


「父さん、担任が毒物を口にしたっぽい」


「なんだって!?」






 ***






「カメラを仕掛けておいて良かった……もう少しで、俺のせいにされるところだった」


 自販機しか置いていない病院の休憩室で、蒼は父親に苦言を吐く。


 すると、蒼の父親——蛍原ほとはら栄一えいいちは困惑気味に苦笑する。


 栄一は若く美しいこともあって、初対面の人間にはたいてい驚かれるものだが、病院も例外ではなかった。


 本当に家族かどうか疑われたりもしたが、身分証でなんとか父親と認められ、その後は警察の聞き取りで引き止められ、ようやく解放されたのである。


 天久透子についてはある程度事情を話していた蒼だが、栄一は何がなんだかわからないといった様子だった。


「生徒が飲もうとした毒を代わりに飲んだ——なんて、とんでもないことを言う教師だな。蒼に何か恨みでもあるのか?」


 栄一の言葉に、蒼は大きなため息を吐く。


「てっきり、俺に毒物を飲ませるつもりだと思ってたのに……自分で飲むとは思わなかった」


「ちょっと担任と話してくるから、お前は先に帰ってろ」


「なんでだよ」


「こういう時、悪い奴は次の一手、二手を考えているものだ」


「わかったよ、父さん」


「そうだ。どうせなら芽衣ちゃんのところにでも避難しておいで」


「芽衣を巻き込みたくないんだけど?」


「芽衣ちゃんなら、きっと大丈夫だよ」


「どうしてそう言える?」


「本当なら、優斗くんと一緒にいる芽衣ちゃんが最も狙われるポジションなのに、無傷だからだ」


「言われてみれば……そうだよな。どうして天久先生は芽衣には手を出さないんだ?」






 ***






「優斗くん、聞いた?」


 待ち合わせているわけではないが、同じ時間に通学路の住宅街を通りかかった優斗に、芽衣は小声で声をかけた。


 すると優斗も周囲に気を配りながら答える。


「うん、聞いたよ。蒼の担任の話でしょ?」


「そうだよ。なんか、自分で毒物を飲んだとか」


「だよね」


「しかも先生のカバンから、蒼が書いた遺書が発見されたんだって」


「蒼の遺書?」


「そう。蒼が死にたいって書いた手紙があったとか」


「なんでそれを担任の先生が?」


「先生は蒼が自殺するのを止めようとして自分が毒を飲んだと言ってるんだ」


「なんか、よくわからないな」


「うん、わかんない。蒼が自殺しようと考えていたとしても、どうして先生が毒を飲む必要があるの?」


「詳しい話を蒼に聞きたいところだけど……今は会ってくれないしね」


 そんな時だった。


「おはよう、芽衣」


 芽衣と優斗の元に、蒼が現れる。


 いつもなら時間をずらして登校していた蒼だったが、今日に限って同じ時間に通りかかったのだった。


「え? 蒼? どうして?」


「芽衣、抱きしめていい?」


「会ってそうそう、何言ってるの?」


 蒼に対して怒った顔をする芽衣を見て、優斗は苦笑する。


「芽衣、そんなに怖い顔しなくても」


「だって、さんざん心配をかけておいて、ふらっと現れるなんて信じられない」


「ごめん……でも俺のすることに芽衣を巻き込みたくなかったから」


「じゃあ、なんで現れたの?」


「父さんいわく、天久先生は芽衣には手を出さないってさ」


「どうして?」


「わからない」


「それで、蒼の担任の先生は、どうして毒を飲んだの」


「おそらく……俺を殺せなかったんだと思う」


「え? 蒼を?」


「先生に話を聞こうとしたけど、何も教えてくれなかった。これはきっと、そういうことだよ」


「担任は……俺の遺書を用意して、俺を殺して自殺に見せかけるつもりだったんだ」


「えええ!?」


「けど、俺を殺すことなんてできなくて、自分で飲んだに違いない」


「どうして?」


「きっと天久先生に脅されてるんだと思う」







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