第27話 反省文(蒼)
そこで蒼が耳にしたのは、意外な話だった。
あくまで予想だが、喫煙疑惑により指導のため書かされた反省文を使って遺書を作成されたと——晴翔は言う。
「反省文……を転写して、遺書に使ったってことか?」
蒼が信じられないといった顔で確認すると、晴翔は苦笑して頷く。
「やまほど書かされたからな」
「お前を
「何度も謝罪に来たよ。でも俺が飛び込んできたって言うんだ」
「は?」
「しかも遺書があったから、飛び込んでないと言っても、警察には信じてもらえなかった」
「なんだと?」
「だからこのあとカウンセリングが控えてる。バカみたいな話だろ?」
「そのお前を
「教師だったよ」
「教師?」
「隣県の高校教師だよ。礼儀正しくて、見るからに良い人そうだった……不自然なくらい動揺してなかったし」
「そいつが車に乗ってた理由はわかるか?」
「彼女の誕生日ケーキを取りに行ってたんだと」
「彼女、ねぇ」
「まあ、そんなわけだから、お前も気をつけろよ」
「あの女も、そろそろ俺に直接何かしたくなってきたんじゃないか? せっかく堂々と引っ掻きまわしてるのに、周りばかりが危険にさらされるなんて……面倒くさい」
「せっかく手伝ってやってるのに、面倒くさいって言うなよ」
「でもま、お前のことは警察がしばらく見守ってくれるだろ? その間は安心して動けるよ」
「あの教師を早くどうにかしてくれよな」
「そうだな。俺に直接手を出したくなるように仕向けるか」
「何をするつもりだ?」
晴翔の言葉に、蒼は不敵な笑みを浮かべた。
***
「ありがとうな、
『別に……あんたのためじゃない』
これまで嫌悪感を剥き出しにしていた蓮も、いつの間にか穏やかに喋るようになっていた。優斗に同族意識を抱いているせいか、蒼のことを敵視しなくなったようだった。
それでもどこか突っぱねた物言いをする蓮に、蒼は苦笑して告げる。
「香川もたいがい、素直じゃないな」
『俺は今でもあの女が怖いんだ』
「そうか」
『あんたにはわからないだろうな。あの女は、人間じゃない……人を人とも思わないやつなんだ』
「大丈夫だ。香川が怖いものは、そのうちなくなるだろうから」
『あんた、何をする気だ?』
「さあな……それより、優斗のことどこまで知ってる?」
『どこまでって……』
「俺と優斗の関係も知ってる?」
『……どういうこと?』
「俺と優斗が付き合ってること、あいつ言わなかったのか?」
『はああ!?』
「そうか……やっぱり言ってなかったのか」
『そそそそそれって……』
「悪い、妙なこと言って。じゃあ、また電話する」
『ちょ、ちょっと——』
蓮が全てを言うまでに通話を切った蒼は、スマートフォンを睨みつける。
「これで食いついてくれたらいいけどな」
気づくと蒼は、そう呟いていた。
***
「
————翌朝。
蒼の読み通り、
「なんですか? 天久先生」
「あとで指導室に来なさい」
「さっそく来たか……」
「あなた、屋上で
「いいえ」
「でも見たという生徒がいるのよ」
「へぇ……本当に?」
「だから言い逃れできないわよ」
「見たっていうのはいつですか? それで、僕の唾液がついた
「あなた……言い逃れはできないって言ったでしょ。複数の生徒が見ているんだから」
「そうですか。じゃあ、何か見間違えたんでしょうね」
「とぼけても無駄だって、言ってるでしょう? 五人も見ているんだから」
「そうですか。おかしいなぁ」
「何がですか」
「先生、俺ちゃんと健康調査票を出したはずですよ」
「健康調査票?」
「ええ、調査票には
「喘息……?」
「はい。副流煙でもけっこう発作が起きるので、煙草そのものを吸ったら、それこそ大変なことになると思います」
蒼が指摘すると、透子は表情を消した。蒼が喘息持ちとは、予想外だったのだろう。
だが蒼はあえて強くは出ずに、むしろ透子を立てるように告げる。
「でも紛らわしい行動をしたのかもしれないので、反省文を書きますね」
「え?」
「だって、先生が欲しいのは反省文でしょう?」
***
「え? 今度は蛍原が停学?」
————昼休み。
食堂で思わず大きな声を出した優斗だが、芽衣は落ち着いた様子で答える。
「うん、校内での喫煙だって。
「だよね。蛍原が喫煙するわけないよね」
「煙草が嫌いだからとかじゃなくて、蒼は健康調査票に
「え? 蒼って喘息なの?」
「違うよ」
「じゃあ、なんで喘息って?」
「こういう問題に巻き込まれた時のために、蒼の親が書き込んでおいたの」
「……蒼の親って何者なの?」
「優斗くんも蒼のこと、そんなに心配しないほうがいいよ。蒼は蒼の両親にも守られてるわけだし」
「でもやっぱり心配だよ」
優斗が食事を終えた食器を見つめる中、芽衣はため息を落とした。
***
放課後。身に覚えのない喫煙について反省文を書かされた蒼は、指導室を出るなり大きな欠伸をする。
健康調査票に喘息と書いてあったこともあり、風紀指導の教師も何がなんだかという顔をしていたが、進んで反省文を書いたことを逆に褒められたくらいだった。
「とりあえず反省文は書いてきたけど……これで俺のカバンに遺書が増えてたら間違いないな」
「蛍原くん」
廊下を歩く蒼の背中から、ふと甘ったるい声がする。
振り返ると、
「あれ、天久先生。どうしました? 俺に直接声をかけるなんて、珍しいですね」
「調子に乗らないでちょうだいね」
「なんの話ですか?」
「優斗くんの一番は、私だから」
牽制だった。
天久透子は優斗が蒼と付き合っていると思っているのだろう。
だが蒼はそれを否定することなく、逆に訊ね返す。
「そんなこと、どうしてわかるんですか?」
「……あの子は、私の言うことはなんでも聞いてくれるもの」
「脅さないと何もできないあなたと一緒にしないでくださいよ」
「……なんのことかしら? そうそう、近いうちに家庭訪問があるから。都合の良い日をあなたの担任に教えてちょうだいね」
「わかりました」
遠ざかる天久透子の背中を、蒼は笑顔で見つめていた。
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