第29話 偽装恋愛(優斗)



 優斗ゆうと芽衣めいが登校していると、突然声をかけてきたあおい


 天久あまひさ透子とうこが芽衣には危害を加えないと言った蒼は、担任が毒物を飲んだ事件についても語った。

 

 


「蒼の担任が天久先生に……脅されてた? どういうこと?」


 芽衣が訊ねると、蒼は小さく笑みを浮かべて説明した。


「俺の担任は……おそらく天久あまひさ先生に弱みを握られていて、俺を殺すよう命令されたけど、できなかったんだよ」


「……じゃあ、このままだと蒼の担任の先生はどうなるの?」


「毒を飲んで入院してるし、警察も足を運ぶだろうから、しばらくは安全じゃないか?」


「蒼はどうするの?」


「とにかく、被害者が増える前に、俺に注意を向けるしかない。だから優斗、力を貸してくれないか?」


「俺?」


 話を振られて目を丸くする優斗に、蒼はやや声のトーンを落としてお願いした。


「天久先生を追い詰めたいから、ついてきてほしいんだ。——無理か?」


 蒼が訊ねると、優斗ではなく芽衣が怒り気味に告げる。


「蒼、優斗くんは天久先生を見ただけで倒れるんだよ?」


「わかってるけど、あいつの動揺を誘いたいんだ」


「何をするの?」


「俺と優斗が付き合ってることにするんだよ」


「は、はああ!? なんで蒼と?」


「優斗を独り占めしてるとわかれば、先生は俺に集中すると思うから」


「面白いけど、そう上手くいくかな?」


「上手くいかなかったら、別の方法を試せばいい話だ。それに、先生は俺が優斗と付き合ってると思ってるよ」


「え? なんで?」


「あんまり言いたくなかったけど……少し前、あいつを追い返すために一芝居打ったんだよ。きっと天久先生は俺と優斗が付き合ってると思ってるはずだ」


「……蒼は、とんでもないこと思いつくんだから」


 芽衣が呆れる中、ずっと黙って聞いていた優斗がゆっくりと口を開く。


「……わかった。俺、やるよ」


「優斗くん? 本当に大丈夫?」


「ああ、これ以上、他の人に手出しさせたくないから」


「でも蒼、先生の注意を蒼に向けて——どうするつもりなの? 下手したら、命の危険だって」


「まあまあ、俺に注意さえ向いてくれれば、あとは警察に誘導するだけだから」


「誘導?」


「そうだ。逆上したあいつを現行犯で捕まえてやるよ」


「そう、上手くいくかな……?」






 ***






「先生、こんにちは」


 午後の短い休み時間。


 蒼は廊下に人がいないことを確認すると——天久透子に声をかけた。


「……何かしら、蛍原くん」


「担任の先生がしばらくお休みになったから、家庭訪問は副担任の先生が来るんですよね?」


「そうね。改めてプリントを配ると、あなたの副担任が言っていたわ」


「そうですか。わかりました——それより聞いてくださいよ、先生」


「何よ」


「優斗のやつ、キスが下手で困るんですよね」


「……」


「それにヤキモチ妬きだから、俺が他人と話してるとすぐ怒るし」


「……」


「それから、校内で——って、こんなこと先生に言っても仕方ないですよね。すみません」


「あなた、やっぱり優斗くんと……」


「そうですよ。まだ付き合ってますよ。ごめんね、先生」


「……そう」


 透子はそれだけ言って蒼に背中を向けると、職員室の方角に向かって歩き始めた。


 蒼はそんな透子の背中を、無表情で見つめる。


(意外と落ち着いてるけど、内心ぐちゃぐちゃだろうな)






 ***






「それで、先生にはアピールしてきたの?」


 天久透子の話をするため、空き教室にやってきた優斗は、蒼に確認する。


 すると、蒼は無邪気に笑ってピースサインをした。


「ああ、これでもかってくらいアピールしといた」


 そんな蒼を内心可愛いと思いながらも、優斗は顔に出さないよう努めて訊ねる。


「何を言ったの?」


「まあ、色々だよ」


「そんなすごいこと言ったの?」


「けっこう凄いこと言ってきた」


 凄いこと、と言われて優斗はむせそうになるが、それを誤魔化すように咳払いをする。


 すると、蒼は難しい顔をして考えるそぶりを見せる。


「そのうち先生の前で仲いいとこ見せないとな」


「え?」


「イチャイチャの予行演習する?」


「そ、それは……いいの?」


 蒼の思い切った提案を、本気にしていいものか悩みながら訊ねると、蒼はもちろんと答える。


「じゃあ……少しだけ」


 優斗はそう言いながら、蒼のウエストに右手を這わせる。


 するとその直後、優斗の頭に蒼のこぶしが落ちてくる。


「——おい、なんでいきなりベルト外すんだよ」


 優斗をたしなめる蒼だが——。

 

 驚いた顔をしているのは優斗の方だった。


「え?」


「あー、ごめん。お前の経験値と俺の経験値、だいぶ違うことがわかった」


 蒼の言葉を聞いて、ようやく優斗は自分がやらかしたことに気づく。


 顔を赤くした優斗は、思わず視線を逸らして告げる。


「……ちょっと頭冷やしてくる」


「え?」


 静かに教室を出ていく優斗の姿を見て、蒼は苦笑する。


「なんだ、あいつも緊張することがあるのか」






***






 廊下に出た優斗は反省する。


 練習と言われて、思わず蒼に触れようとしてしまった自分が恥ずかしかった。


「恥ずかしい……もう少しでがっつくところだった」


 優斗は蒼に対してどんな感情を持っているのか、だんだんと自覚するようになっていた。


 だが芽衣と蒼のことを考えると、優斗が割り込むべきでないのはあきらかで。


 これからは蒼に触れないよう気をつけようと心に決めた——その時だった。


「優斗くん」


 校舎を繋ぐ渡り廊下で、天久透子に遭遇した。


「……天久先生」


「あんな子と付き合ってるなんて、嘘よね?」


 あんな子、と言われて、一瞬考える優斗だったが、すぐに思い立ったように告げる。


「……俺は蛍原ほとはらと付き合ってます」


「なんで……? 先生のこと捨てるの?」


「先生のことは……最初から好きじゃ……ないか、ら」


「嘘よね? あんなにいっぱい触れあって、とても楽しかったのに」


「楽しいのは先生だけでしょ? 俺は苦痛だったんだ」


(なんでだろう、今日はすらすら言える)


 いつもなら天久透子を見ただけで倒れそうになる優斗だが、今日は違っていた。


 蒼や芽衣がついているからだろう。


 優斗がいつになく強気に出ると、透子は顔を歪めた。


「ひどいわ。先生はこんなに優斗くんのことが好きなのに……ううん、優斗くんは先生をないがしろにするような子じゃなかったわ。きっとあの子のせいよね……?」


「もう、これ以上……余計なことをするのはやめてください、先生」


「……優斗くんが言うことを聞かないなら、今度はあの子がどうなるかわからないわよ」


「ねぇ、先生……」


 ふいに、優斗が真剣な表情で声をかける。


 すると、透子から固唾を飲む音が聞こえた。


 優斗は大きな瞳に怒りをたたえながら、強い口調で告げる。


「先生が総馬を殺したの?」


「……なんのことかしら?」


「もし先生が総馬を殺したのなら……俺はあなたを絶対に許さない」


「言いがかりもいいところね。あの事件は自殺で決着がついたはずよ」


「先生!」


「優斗くん、近いうちに先生が家庭訪問に行きますからね」


「担任の先生は……?」


「担任は体調不良でしばらくお休みされるそうよ」


「先生、担任に何をしたの?」


「先生だけの可愛い優斗くんでいてくれたら、誰にも何もしないわ」


 気持ちの悪い笑みを浮かべる天久透子に、優斗は耐えられなくなり、その場を逃げ出した。


 そして蒼のいる空き教室に戻った優斗は、蒼にすがるように抱きつく。


「どうしてあいつは……」


「優斗?」


「蛍原……お願い、助けて」


 泣きそうな声で懇願する優斗に、何かを察した蒼は優斗を抱き返す。


「ああ、助けてやるよ。お前たちが普通に生活できるように、俺がなんとかしてやるって言っただろ?」


「ごめん、蛍原……」




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