第30話 教師観察(蒼)
「家庭訪問がこんなに恐ろしい行事だなんて思わなかった」
蒼の部屋で待機していた優斗は思わず、そんな言葉を漏らす。
天久透子が担任の代わりに家庭訪問に来ることになり、芽衣と優斗は戦々恐々といった様子だった。
「だろうな。芽衣の部屋にカメラセットしてもいいか?」
蒼が落ち着いた声で訊ねると、芽衣は
「セットするなら、優斗くんの部屋にお願い」
「まあ、どっちも用意しておくよ。いつ何が起きてもいいように」
「で、これから蒼はどうするの?」
芽衣が心配そうな顔を向けると、蒼は好戦的に笑って告げる。
「俺がさんざん煽ったから、また遺書を持って誰かが来るだろうな。喫煙の件とかワンパターンなんだよ」
「お願いだから、一人にならないでよ」
「それじゃあ、先生を暴くことができないだろ。俺一人じゃないと、あいつはきっと襲ってこないだろうし」
「じゃあ、防犯グッズ持ち歩きなよ」
「言われるまでもなく、持ち歩いてるよ」
「何を?」
「ホイッスル」
「……蒼のスマホに警備会社のアプリ入れてもいい?」
「なんでだよ。ホイッスルだって、立派な防犯グッズだろ。これでもじゅうぶん恥ずかしいのに、警備会社のアプリなんて……」
「恥ずかしさよりも、命を守らなきゃ」
「……考えとく」
***
『こんにちは、
『……こんにちは。はい、どうぞお上がりください』
「
玄関先でやりとりをする芽衣と天久透子を、スマートフォン越しに見守っていた蒼は、自室で誰となく呟く。
それから芽衣は自宅リビングに天久透子を通した後、蒼の部屋にやってくる。
何台も仕掛けてあるカメラのおかげで、透子の行動は筒抜けだった。
「天久先生、思ったよりも普通だったよ」
芽衣も蒼のスマートフォンを覗き込む。
すると、芽衣の母親が天久透子と談笑している様子が
「うちの親と、世間話ばっかりしてるね」
「なんか……意外と普通だね」
「天久先生、親の前だから何もしないのかな?」
「それとも、盗聴がバレてるとか?」
「それにしたって、楽しそうじゃない?」
あまりにも教師らしい天久透子に、芽衣が狼狽えていると、優斗は苦笑する。
「そうだね。天久先生は中学の時から、母親には優しかったよ」
その言葉に、蒼は考えるそぶりを見せる。
「へぇ……母親には優しい先生か。ん? 母親?」
「どうしたの? 蒼」
「もしかして……あの先生、女には危害を加えないのか?」
「どういうこと?」
「だって、芽衣には手を出さないし」
「……中学の時は男子校だったけど、確かに女の先生には優しかった気がする。でもなんで?」
思い出したように告げる優斗に、蒼は肩を竦めた。
「さあな。なんでだろうな」
結局その日は、何をするわけでもなく、天久透子は普通に芽衣の家を出た。
天久透子がただ家庭訪問をするだけというのは、信じられなかったが、それでも何も起きなかったことに三人はホッとしていた。
「次は優斗の家だな」
「じゃあ、ちょっと先生を案内してくる」
「……大丈夫?」
芽衣が心配の目を向けると、優斗はいつになく強い眼差しで笑う。
「うん、行ってくる」
***
「先生」
蒼の部屋から自宅マンションに移動した優斗は、玄関先で天久透子を迎えた。
「優斗くん! やっと会えたわ! お母さまはいらっしゃるかしら?」
「はい……中で待ってます」
「ねぇ、優斗くん。あとで二人になれない?」
「今日は俺、用事があるので……これから出かけます」
「優斗くん……まさかあの子のところに行くの?」
「あの子?」
「蛍原蒼くんよ」
「……はい」
「男なんてバカで暴力ばかりなのに……どうして蒼くんのところへ?」
「俺も男なんですけど」
「優斗くんは普通の男の子とは違うもの」
「……俺は普通の男です」
「だって、あなたは私のことを助けてくれたじゃない」
「……え?」
「覚えてないかしら?」
「俺、もう行かないと」
「学校でまた会いましょうね」
中学の時から変わらない笑顔に、優斗は内心ゾッとしていた。
「——やっぱり、天久先生は女に対しては優しい感じがするな」
優斗が蒼の部屋に戻るなり、蒼は呟くように告げる。
スマートフォン越しに見た天久透子は、模範的な教師にしか見えず。ひたすら優斗の母親と世間話をしているのが、異様だった。
「俺たちが見ているこの先生は、本当に天久先生なのか?」
***
家庭訪問の翌日。
蒼は再び芽衣たちの前には現れなくなった。
「蒼って……急に一人になるとか言ったり、戻ってきたり、それで今度はまた一人になりたい……? もう、いったい何がしたいのよ」
やや暗い寒空の下、住宅街を下校していた芽衣は、優斗に愚痴を吐く。
だが優斗は慣れたようで、仕方ないとばかりに苦笑する。
「
「わかってるけどさ……心配する人の気持ちを考えてほしいよ」
「じゃあ、こっそり見に行く?」
「……やめとく」
「え、いいの?」
「心配だけど、信用してるから」
「さすがだな……
「何が?」
「蛍原と通じ合ってるから」
「変な言い方はやめてよ。長く一緒にいるから、蒼のことがわかるだけだよ」
「でもやっぱり、二人は一緒がいいな」
「優斗くんと三人がいいよ」
「そうだね」
「そうそう」
***
「さあ、放課後の誰もいない廃教室で、たった一人だぞ。来るなら来い、天久先生」
天久透子に優斗と付き合っている宣言をしたこともあり、そのうち何かあると睨んだ蒼は、空き教室でひたすら襲われるのを待っていた。
だが放課後の暗い教室に一人いたところで、いっこうに誰かが現れることもなく——そのうち帰るか否か悩んでいると、教室のドアがガラガラと開いた。
現れたのは、天久透子本人だった。
「今日は蛍原くん一人なの?」
(おお、まさかの本人登場。あとは何を仕掛けてくるかだけど……)
「はい。ちょっと一人になりたくて……」
「そう。でもちょうど良かったわ。あなたには指導室に来てもらいたいの」
(指導室? また反省文でも書かせるつもりか?)
それから蒼は天久透子と一緒に指導室へと移動する。誰もいない指導室は、静かすぎて妙な感じがした。
「先生、俺は指導室で何をさせられるんですか?」
「……ここで少し待っていなさい」
「は?」
言って、天久透子は部屋を出ていった。
そして代わりに現れたのは——。
「久しぶりだな」
低い声で告げると同時に、やってきた体格の良い男子生徒。
その後ろから複数の男子生徒たちがわらわらと教室に入ってくるのを見て、蒼は眉間を寄せる。
「あんたたちは……誰だっけ?」
「覚えてないのか? 別に構わないけどな」
(なんか嫌な予感)
「俺、ちょっと用事があるので、失礼します」
予想以上の展開に危機感を覚えた蒼は、その場を去ろうとするが——数歩進んだところで、男子生徒の一人に肩を掴まれる。
「待てよ」
「なんだよ」
「今度こそ逃げられると思うなよ?」
体格の良い男子生徒は、
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