第19話 同級生(蒼)


 週半ばの昼休み。


 食堂で食事を終えた蒼は、向かいに座る芽衣に声をかける。


「——で、優斗はなんでいないんだ?」


「美化委員の仕事だって」


「ふーん」


「それで、あれから例の新聞記事は見つかったの?」


 新聞記事というのは、優斗の中学で過去に起きた事件についてのものだ。


 蒼が優斗の中学についてインターネットで検索したところ、表示された事件が気になり、詳細を調べ始めたのである。優斗の学年で起きた事件ということもあり、蒼は調べずにはいられなかった。


 そして芽衣の問いに、蒼は周りの目を気にしながら頷いた。


「ああ。所蔵してある新聞の中に、それらしい事件の記事があった」


「どんな事件だったの?」


「お前まで首をつっこむつもりなのか?」


「過去の事件知ったくらいで、首をつっこむことになるの?」


「お前……最近、優斗に似てきたな」


「で、どんな話だったの? 優斗くんの中学の事件って」


「まあ平たく言うと、いじめを苦にホームに投身した学生がいるらしい」


「ホームに……」


「子供の目撃者がいたらしいけどな」


「目撃者?」


「ああ、学生の背中を押した人間を見たって言う、幼児がいるらしい」


「それって……」


「他殺の可能性があったみたいだ。ただ、証言が途中で変わったこともあって、子供の証言は証拠としては扱ってもらえなかったみたいだけど」


「……なんか怖いんだけど」


「だから首をつっこむなって言ってるだろ」


「蒼」


「なんだよ」


「深入りしないでって言っても、どうせ聞かないでしょ?」


「心配してくれるのか?」


「そりゃ……大事な幼馴染ですから」


「……幼馴染ね」


 どこか不服そうな蒼に、芽衣が首を傾げていると、そこへ優斗がやってくる。


蛍原ほとはら山路やまじ!」


「優斗くん」


「ご飯、もう食べた?」


「私は食べたけど、蒼はまだだよ」


「蛍原はいつも優雅に食べるね」


「ストレートに鈍くさいと言え」


「蒼ってほんと不器用だよね。色んな意味で」


 芽衣が呆れた顔を向けると、蒼は開き直って告げる。


「別に、時間内に食べられたら問題ないだろ」


「でももし間に合わなかったらどうするの?」


「その時は残す」


「だからいつまで経っても華奢なんだよ」


 芽衣の辛辣な言葉を聞いて、優斗は何気なく訊ねる。


「山路は筋肉質なほうが好きなの?」


「そうじゃなくて、あんまり華奢だとこの間みたいなことがあった時、抵抗できないでしょ?」


 この間みたいなこと、というのは、複数の男子生徒に蒼が襲われた時の話だ。ことあるごとにネタにされて、さすがの蒼もうんざりしていた。


「あんなこと、そうそう起きるかよ」


「わかんないよ? 今蒼の人気、急上昇中だし」


「やめてくれ……」


「——で、このあとどうする?」


 優斗が誰となく訊ねると、芽衣は思い出したように手を上げる。


「私は乙女ゲームの全ルート攻略できたから、なんでもいいよ」


「悪い、今日は俺用事あるんだわ」


「暇人の蒼が珍しいね」


「うるさい。今日は古い友達と会う約束してるんだ」


 蒼の言葉に、優斗はすかさず訊ねる。


「それって女の子?」


「違う」


「だって、山路やまじ


「え? 何? なんの話?」


蛍原ほとはら……本当に脈がないね」


「うるさい! ヤキモチなんて期待してない」






 ***






 放課後。


 同級生を呼び出した蒼は、待ち合わせのハンバーガーショップで苛立ったように指でテーブルを叩いていた。


 時間にわりとルーズな蒼だが、待たされるのはあまり好きじゃなかった。


 そしてそのうち、ようやく現れた友人を見て、蒼はため息を吐く。


 待っている間は、なんて言ってやろうかと思っていた蒼だが、いざ顔を見ると怒りが消えるあたり、自分は優しい人間だと思う。そんなことを芽衣に言えば、笑われるだけなのだが——。


「蒼が俺を誘うなんて、珍しいな」


 向かいに座った友人、権田ごんだ晴翔はるとは言って、穏やかな笑みを浮かべた。


 切れ上がった目が特徴的で、長身痩躯ちょうしんそうく晴翔はるとは、一年生の時に同じクラスだったこともあり、数少ない蒼の友人だった。


 だが会うのはしばらくぶりなせいか、蒼は少しだけ距離を感じながら告げる。


「ちょっと知りたいことがあってな」


「なんだよ」


「もちろんタダでとは言わない。なんでも好きなものを好きなだけ食ってくれ」


「おお、太っ腹。それで、何が聞きたいんだ?」


「お前は仲間なかま優斗ゆうとと同じ隣県の中学だっただろ?」


「……よく知ってるな」


「三年前の事件について教えてほしいんだ」


「……飯がまずくなりそうだな」


 晴翔はるとはため息混じりに言いながらも、ハンバーガーを三つ注文したのだった。


 それから蒼は、晴翔が食べ終えるのを見計らって、三年前の事件について訊ねた。


「いじめられた人間がホームで投身自殺を図ったって聞いたけど、亡くなった奴のこと、お前は知ってるか?」


「わりと有名だったからな」


「へぇ……どんな奴だったんだ? そんなにひどいいじめだったのか?」


「……いや」


「どういうことだよ?」


「あいつは……さくら総馬そうまってやつだけど、どちらかと言えば喧嘩っ早くて、みんな怖くてあいつのことは避けてたんだ」


「じゃあ、なんで記事にはいじめられっ子って?」


「遺書があったから」


「遺書?」


「ああ。ホームに遺書が落ちてて、いじめを苦に自殺したと書かれてたんだ」


「それって……本当にそいつが書いたのか?」


「ああ。筆跡はさくらのものだった」


「その遺書……見ることできないよな」


「いや、あるよ」


「は?」


仲間なかま優斗ゆうとが保管しているはずだ」


「優斗が? なんで?」


さくらと一番仲が良かったのは、仲間なかまだからだよ。あ、でも死ぬ直前は喧嘩してたみたいだけど」


「喧嘩?」


「どうやら、女を取り合ってたみたいだ」


 下品な笑みを浮かべる晴翔はるとに、蒼はさらに訊ねる。


「女って、同級生か? それとも——」


「何言ってるんだ? お前も知ってるだろ? 天久あまひさ透子とうこ先生と仲間なかまがつきあってること」


「……天久あまひさ先生と優斗が?」


「まさか、知らなかったのか? 天久先生、あからさまに仲間を追いかけてるのに」


「……」


「お前は仲間が好きなのか?」


「は?」


「仲間が好きだから、調べてるんじゃないのか?」


(どうしたらそういう解釈になるんだよ)


「……いや、違う。俺はただ、友達として優斗のことを知っておきたいと思ったんだ」


「ほんとかよ。嘘くさいな」


「そうか?」


「で、聞きたいことはこれで全部か?」


「……目撃者がいるって言ってたけど」


「ああ、目撃者のガキね。いたらしいな……友達の弟だよ」


「友達の弟? だったら、その子供とコンタクトとることは可能か?」


「まあ、できなくはないな」


「どういうことだ?」


「俺の言うこと聞いてくれたら、ガキに会わせてやるよ」


「飯なら奢る」


「そうじゃなくて……もっといいことあるだろう?」


「……なんだと?」


「ちょっといいことしてくれたら、なんでも手伝ってやるよ」

 

 言いながら、晴翔は蒼の隣に座った。瞬間、背筋に毛虫が這うような感覚がした。


 思わず蒼が言い返そうとした、その時だった。


「――最低」


 隣の席に座っていた女子高校生が、いきなり晴翔の元にやってきたかと思えば——グラスに入った氷水を晴翔の頭にかけたのだった。


「な、なんだ!?」


 水をかけられて慌てる晴翔を見て、少女は不敵に笑う。


「だから言ったでしょ? 防犯ブザーは必要だって」


「芽衣……なんてことしてくれんだよ」


 現れたのは、芽衣だった。






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