第23話 嘘(優斗)

 

 芽衣めいあおいが喧嘩したという。


 だが、優斗ゆうとは信じられなかった。


 蒼が芽衣以外を好きになったのなら別だが——。




山路やまじ……大丈夫?」


「何が?」


蛍原ほとはらがいなくて、寂しいんじゃ……」


「あはは……ちょっとだけ寂しいかも」


「どうして喧嘩したのか、理由だけでも教えてよ」


「……だから……大したことじゃないんだって」


 やや暗い帰り道。市街地の道路脇で、優斗が詰め寄ると芽衣は目を泳がせた。


 本当に芽衣は嘘が下手だ。そういうところも優斗は好ましいと思ったが、それでもやはり納得はできないでいた。


 恋愛は嫌いだが、芽衣と蒼には一緒にいて欲しかった。


 彼らは一緒にいてひとつだと思っていた。そのため、二人が喧嘩をすることで、両親に裏切られたような錯覚を覚えた。


 絶対なんてものは存在しないとしても——いつの間にか、優斗にとって彼らは絶対的な存在になっていた。


「優斗くん、今日は体調大丈夫なの?」


「ああ、蛍原ほとはら山路やまじが喧嘩したことに比べれば、なんてことないよ」


 優斗が蒼の名前を口にするたび、芽衣はため息をついた。


「そのうち、喧嘩の理由を話すから……今はそっとして」


 幾度となくそう言われても、納得できるはずもなく、優斗はまた蒼のクラスに足を運んだ。


 だが教室にはおらず——その後、移動中に偶然見かけた。


 非常階段の踊り場で、蒼は難しい顔をして権田ごんだ晴翔はるとと話し込んでいた。


(よそのクラスの権田ごんだといつから仲良くなったんだろう? 権田とは、中学が一緒だったんだよな)


 チャイムが鳴って時間切れになったこともあり、その場は何も言わずに立ち去ったが——次の休み時間になり、優斗は再び蒼の教室を訪ねた。


「蛍原」


「どうしたんだ? 優斗」


 椅子から立ち上がった蒼に、優斗は単刀直入に訊ねた。


「いつになったら、山路と仲直りするの?」


「その話はまた今度な。それより、芽衣のそばにいてやってくれ」


「……喧嘩なんて嘘なんだろ? 本当は俺のせいじゃないの?」


 優斗がまっすぐ蒼を見つめると、蒼は少しだけ狼狽える。


「違う。お前のせいじゃない」


「二人とも、嘘が下手だね」


「とにかく、お前はいつも通り、芽衣のそばにいてやってくれ」


「……だったら、俺が山路をもらうよ?」


 優斗が挑発しても、蒼はなんでもない風に笑った。


「いいんじゃない? 俺には関係ない」


「本当にそう思ってるの?」


「ああ、本気だ」


「……わかった。もういいよ」


 その日、どうしても本音を言わない蒼に、優斗は悔しさばかりが残った。






 ***






 ————だったら、俺が芽衣をもらうよ?


 蒼にはああ言ったもの、芽衣と付き合うのは無理だと思った。


 天久あまひさ透子とうこに目をつけられても困るからだ。それに優斗は恋愛に対してネガティブな印象しかなかった。


 中学時代を思い出すと、優斗はうんざりした気持ちになる。


 天久透子に脅されて、恋人みたいなことをしたことがあった。


 何かされる度、気持ち悪くてたまらず、それに自分自身が何か汚いもののように思えて、何も知らない友達と一緒にいることに苦痛を覚えた。


(そうだ、俺は汚い)


 だから蒼や芽衣には知られたくなかった。天久透子とのことを。


 表面上で友達と付き合うことには慣れていた。


 だが、芽衣や蒼はどの友達とも違っていた。


「ずっと一緒だと思ってたのに……ん?」


 学校帰りに市街地を歩いていた優斗だが、通りがかった公園で何やら苛立ちを含んだ声を耳にした。


「——晴翔はるとに迷惑をかけないでください!」

 

 視線を公園に向けると、そこには蒼と知らない少年の姿があった。


(あれは、蒼と……誰だ?)


 優斗は木に身を隠しながら様子をうかがった。




「……なんの話だ?」


 優斗が見守る先には、驚いた顔をする蒼の姿があった。


 そして幼い顔をした少年は肩を怒らせながら告げる。


「しらばっくれないでください。晴翔はるとが喫煙で停学になったと聞きました」


晴翔はるとはそれでも手伝ってくれるらしいけど?」


晴翔はるとは優しいんです。だからって巻き込んでいい人じゃない」


「そうやって、これからもあの女の影におびえて暮らすのか?」


「仕方ないじゃないですか。あの人に逆らったら何が起きるかわからないし。さくら総馬そうまさんみたいになったりしたら……」


「俺は優斗を生贄にする気はない」


「それで丸くおさまるなら、いいじゃないですか」


 そこまで聞いて、とうとう痺れを切らした優斗は間に割り込むようにして声をかけた。




「——今の話、どういうこと?」


「……優斗? いつからそこに?」


 突然現れた優斗を見て、蒼はあからさまに動揺していた。


 知らないところで自分の話をされていると知って、苛立ちを覚えた優斗は、口早に告げる。


「ねぇ、総馬そうまみたいになるってどういうこと? さくら総馬そうまって、俺の知ってるあの総馬のこと?」


 優斗が指摘すると、見知らぬ少年は気まずそうな顔をする。


「お、俺……帰ります」


「ねぇ、蛍原ほとはら。いったい、何をしようとしてるの?」


「お前にも芽衣にも関係ないことだ」


「蛍原!」


 何を調べているのだろう。


 蒼たちが総馬の名を出したことで、何かを探ってることが優斗にもわかった。


 さくら総馬そうまの名前が出たということは、三年前の事件を知ったのかもしれない。


 だが、蒼が逃げたせいで、具体的なことは何も聞けなかった。






 ***






 翌朝、いつも通り優斗の部屋の前で待ち構えていた芽衣に、優斗は何気ない風を装って挨拶をする。


「おはよう、山路」


「優斗くん」


「ねぇ、山路は知ってるの?」


「何が?」


「蛍原がしようとしてること」


「え? なんのこと?」


「本当は山路やまじ蛍原ほとはらと喧嘩したわけじゃないよね?」


「……喧嘩してるよ」


「嘘だ。蛍原は三年前の——俺の友達が自殺した事件を探ってるんじゃないの?」


「……」


「どうして俺に黙って調べるの?」


「違う」


「俺のことは、俺に聞いてよ」


「……優斗くんの苦しむ顔が見たくないんだよ」


「だからって、人の過去を調べるなんて」


 そのうちきっと、蒼たちは優斗と天久透子の関係を知ってしまうだろう。


 優斗は知られたくなかった。


 天久透子と関係をもっていたことを知られるのがどうしようもなく怖かった。


「やめて、お願い……」


「優斗くん?」


「お願いだから、俺を嫌いにならないで」




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