第38話 蛍原蒼の企み(蒼)



 ————天久透子が逮捕される一週間前。 


 ありもしない喫煙で反省文を書いた蛍原ほとはらあおいは、天久あまひさ透子とうこの次の動きを待ち構えていた。


 そして、透子の指示によって生徒指導室に連れていかれた蒼だが。


 そこで再び男子生徒たちに襲われた蒼は、校舎の二階から落ちて意識を失った。






 ***






 ————数時間後、目を覚ました時、蒼は総合病院の個室にいた。


「息子よ、二階から落ちて意識を失うとかカッコ悪すぎないか?」


 蒼が目を覚ますなり、傍に控えていた父親の栄一が呆れた声を放った。


「父さん、そこは心配するところじゃないの?」


「だって二階だぞ?」


「二階でも、もし打ち所が悪かったらどうなってたことか」


「それを見越して飛び降りたんだろ?」


「やっぱりわかる?」


「何年お前の父親をやっていると思っているんだ。それで、これからどうするつもりだ?」


 栄一は表情を消して告げる。蒼が二階から飛び降りたことには理由がある、そう思っての言葉だった。


 すると、蒼はかしこまって告げる。


「父さん、実はお願いがあるんだ」


「なんだ?」


「俺がまだ目覚めてないことにしてほしいんだ」


「なるほどね。先生を釣るつもりか」


「あたり」


「でもお前が眠っているだけじゃ、先生も警戒して尻尾を出さないんじゃないのか?」


「だから、今から俺が言うことを実行してほしいんだけど」


「なんだよ」


 蒼が不敵に笑うと、栄一はやれやれとため息をついた。






 ***






「蛍原……大丈夫?」


 栄一が病室を去った後、入れ替わりでやってきたのは、制服姿の優斗だった。


「おお、優斗」


「元気そうだね」


「俺が起きたこと、芽衣には内緒にしてくれよな」


「どうして?」


「芽衣の反応も見たいし」


「心配かけてどうするんだよ」


「もしかしたら、俺の大切さを思い知ってくれるかもしれないだろ」


「蒼、悪ふざけはやめなよ」


「嘘だよ。敵を騙すには味方からって言うだろ。だから、優斗も協力して」


「なら、どうして俺には起きたことを知らせたの」


「お前にはお願いしたいことがあるんだ」


「何?」


さくら総馬そうまさんの遺書を見せて欲しいんだ。持ってるんだろ?」


「なんで遺書?」


「あいつの手にかかって死んだのはさくら総馬そうまさんだけだろ」


「……事件を掘り起こしたところで、誰も聞いてくれないよ」


「そう思ってるのはお前と香川かがわれんだけだろ」


 蒼が告げると、優斗は無言で病室を出たのだった。




「……ふうん。書いてあることは、壮絶なイジメについてだな」

 

 再び病室に現れた優斗は、さくら総馬そうまの遺書を持参した。


 優斗は蒼が何をしたいのか理解していたわけではなかった。だが蒼が探ろうとすることに対して、積極的に手伝おうという優斗の気概はうかがえた。


 そして蒼がさくら総馬そうまの遺書を読み終えると同時に、優斗は口惜しそうに告げる。


「俺……総馬が虐められてるなんて知らなかった」


「虐められてたとは限らないだろ。天久先生が作った遺書なんだから」


「そうだけど……」


「とくに俺の遺書との違いはなさそうだな」


「蒼の遺書?」


「ああ、指導室にあったらしい。それで俺は自殺未遂したことになってる」


「はあ!? 自殺未遂?」


「だから天久先生は俺が目を覚ましたら困るだろうな」


「それって……先生が……蒼を殺しに来るってこと?」


「その可能性が高い。だから、もっと焦らせてボロを出させたいんだ……よ?」


「どうしたの?」


「お前、遺書の裏に何か書き込んだか?」


「まさか」


「なんか少しシワになってるけど……ちょっとだけ汚すぞ、ごめん」


「え?」


 蒼は遺書のシワになっている場所を鉛筆で塗りつぶした。


 すると、十一桁の番号が浮かび上がる。


「なんだこれ。どこの電話番号だよ」


「わからないけど……全然気づかなかった」


「優斗はたまにボケてるからな」


「……とりあえずかけてみるか」


「え?」


 蒼は番号を見つけるなり、スマートフォンを手に取る。


 そして通話が繋がったところで、思い切って口を開いた。

 

「あの、もしもし」


『……はい』


 通話口から聞こえてきたのは、若い男性の声だった。


 蒼は単刀直入に告げる。


「あなたはさくら総馬そうまさんのお知り合いですか?」


『……どなたですか?』


 蒼は少しだけ考えた後、亡くなった知人の遺書にあった電話番号にかけた旨を伝えた。


『私はサクラソウマさんという方は存じません』


 通話の相手は大人のようだが、ひどく警戒していた。


 もし仮に櫻総馬の味方なら、天久透子の知り合いを寄せ付けないだろう。

 

「俺が櫻総馬さんサイドの人間だと証明する必要があるってことか」


「……え?」


 優斗が目を丸くする中、蒼はさらに通話を続ける。


「あの、できれば会っていただくことはできませんか?」


 蒼は控えめに告げるが——。


『申し訳ありませんが、こちらにも都合がありますので』

 

 通話はそこで切られた。


「困ったな……遺書の裏に書かれてたってことは、遺書と何か関係あるってことだよな」


 スマートフォンと櫻総馬の遺書を見比べながら、蒼はため息をつく。


 状況を察した優斗は、おそるおそる訊ねる。


「話、聞いてもらえなかったみたいだね。どうするつもり?」


「ん-、どうするか」


 蒼が悩んでいると——そんな時、病室のドアがスライドされて、来客が訪れる。


「蛍原さん」


 現れたのは、香川かがわれんだった。


「なんだよ……香川、お前どうしてここに?」


晴翔はるとから聞いたんだ」


「そうか。でも俺が起きてることは内緒にしてくれよな」


「どうして? 何をするつもり?」


「これから天久先生に反撃するつもり♡」


「あんた……こんな目にあっても、懲りないんだな」


さくら総馬そうまさんに比べたら、こんなの大したことない」


「……」


「ああ、別にお前に手伝えとは言わないから安心しろよ」


「嫌味かよ」


「違うよ。お前まで狙われる必要はないってことだ」


「やっぱり嫌味だろ」


「お前……卑屈すぎないか?」


「協力してくれって言えよ」


「は?」


「協力してくれって言え」


「……協力してくれるのか?」


「別に、お前のためじゃないからな!」


 そう言って、香川蓮は病室を去っていった。


 残された蒼と優斗はポカンと口を開けて病室のドアを凝視する。


「あいつ……真正のツンデレだな」


 蒼が思わずそんなことを告げると、ずっと黙って控えていた優斗が苦笑した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る