第21話 お願い(蒼)

 

 優斗の中学校で過去にあった自殺事件を追いかけた蒼は、目撃者との接触を試みるもの、待ち合わせ場所には来ず、代わりに現れた少年から謎の電話番号を受け取ったのだった。


 そしてその夜、蒼はさっそく受け取った番号に電話をした。


「……もしもし、あの――」


 聞こえてきたのは、電話番号をくれた少年の声だった。


『ああ、蛍原ほとはらあおいさんですよね?』


「そうだけど」


『俺、昼に会った香川かがわれんって言います』


「どうして電話番号を」


『人目につくといけないから、こっちのほうがまだ安全かと思って』


「安全……? どういうことだ?」


『俺はまだあの人に見張られてるかもしれないから』


「あの人? 見張られてるって一体――」


『蛍原さんは、仲間なかま優斗ゆうとさんと同じ学校なんですよね?』


「優斗のこと、知ってるのか?」


『いいえ。友達——権田ごんだ晴翔はるとから聞きました。あの人……天久先生があなたの学校にいることも』


「どういうことだ?」


蛍原ほとはらさんが弟に接触してきたのって、三年前の事件のことを聞くためでしょ?』


「ああ、そうだ」


『目の前で人が死ぬのを見たから、弟にはなるべく思い出してほしくないんだ。だからかわりに俺が話すよ』


 香川かがわれんはそれから、目撃者——忍少年の代わりに事件について話した。


 駅のホームでさくら総馬そうまを突き飛ばしたのは、女性だったこと。


 もう姿までは覚えていないけれど、眼鏡をかけていたらしい。


「眼鏡をかけた女性か……」


『天久先生を疑ってるの?』


「どうしてそう思うんだ? 悪い、質問を質問で返して」


『俺も、そう思ってるから』


「……じゃあ、やっぱり他殺なのか? それがどうして……」


『担任に言われたんだ。このままだと進学できないって』


「事件とあんたの進学にどんな関係が?」


『俺、成績は悪くなかったんだ。あのままだったら推薦で高校に行く予定だった。それがいきなり、進学すら危ないって言われたんだよ。どうしてか聞いたら、素行不良だからって……』


「なんでそんなことに」


『気づいたら、俺が喫煙した噂が広がったりして、バスケ部を辞めさせられたんだ』


「……喫煙の噂……晴翔と同じだな」


『どうしてこんなことになったのか、全くわからなかったけど、ある日……天久先生に言われたんだ』


「天久先生に?」


『ああ。目撃証言を変えてほしいって』


「あいつがそんなことを!?」


『じゃないと、あなたはこのまま進学できないかもしれない——って』


「じゃあ、まさか目撃情報が変わったのって——」


『ああ、天久先生に脅されたからだよ』


「そうなのか……でもなんでそのことを俺に?」


『警告だよ』


「警告?」


『天久先生を敵に回したら、きっとキミも櫻総馬みたいになる』


「……はっ、上等だよ」


『え?』


「だったら俺が、あいつを警察に突き出してやる」


『……俺は警告したからね。それと、もう電話はかけて来ないでほしい』


「わかった。ありがとう、教えてくれて」


『キミは……これからどうするつもりなの?』


「もう三年も前の事件だから、今さら俺みたいな素人が掘り返すのは難しいだろうな」


『……』


「だったら、これから起きるであろう事件に向けて、証拠を集めてやるよ」


『どういうこと?』


「ちょっと揺さぶりをかけてみる」


『それは……』


「こういう時、俺の両親が権力者で良かったと思う」






 ***







 ————翌朝。


 非常階段の踊り場に芽衣を呼び出した蒼は、誰も見ていないことを確認したあと、静かに口を開く。


「芽衣」


「どうしたの? 急に呼びだしたりして」


「お願いがあるんだ」


「お願いってなあに?」


「実は……俺と喧嘩したふりをしてほしいんだ」


「喧嘩? なんで?」


「事情は話せないけど、これは芽衣のためだから」


「話せないって何よ。私のためとかわかんないんだけど」


「今は何も聞かないで、返事だけほしい」


「もしかして、何か恐ろしいことに首をつっこむつもり?」


「はは、さすが幼馴染だな」


「だって、優斗くんの中学の事件を掘り起こしたりしてるし。でも、何度も言うけど、蒼には危ないことしてほしくない」


「わかってほしいんだ。このままだと優斗も俺たちも安心して学校に行けないだろ」


「だからって、蒼が一人で走りまわるのは違うでしょ?」


「どうして聞いてくれないんだよ」


「当たり前でしょ、大事な幼馴染なんだから——」


 芽衣が全てを言うまでに、蒼は芽衣をそっと抱きしめる。


 着替え以外で触れ合うのは、何年ぶりだろうか。本当はもっと触れたいと思う蒼だが、その衝動を抑えて抱き締めるにとどめる。


 だが芽衣の方はというと、じっとしていなかった。


「ちょっと! 何するの!?」


 騒がしい芽衣の耳元に「静かに」と吹き込むと、芽衣は複雑な顔で俯いた。


「お願いだから、俺の言うことを聞いて?」


「……」


「この先何があっても、俺のことを信じて待っててほしいんだ」


「……卑怯だね」


「お願い」


「……わかった」


「良かった」


「でも、たまに電話していい?」


「ダメ」


「なんで?」


「会いたくなるから」


「なによ、それ」


「お前に優斗を任せるからな」


「うん。でも、本当に大変な時は言いなよ」


「わかった」


「で、いつまでこうしてるの?」


「もうちょっと」


「やっぱり甘えん坊なんだから」


「次、こうやって抱きしめる時は、色々と覚悟してくれよ」


「なによ、よくわからないこと言って」


「お前、そういう勘だけ悪いよな。わざとなの?」








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